伝記
ジョージ・ケネディは、1925年2月18日にニューヨークで生まれたアメリカ合衆国の俳優である。父ジョージ・ハリス・ケネディは劇場のオーケストラ指揮者で、息子が4歳のときに亡くなった。母ヘレンはバレエ・ダンサーで、母方の祖父はドイツからの移民だったという。2歳のころから舞台に出演し、のちにはラジオでも活躍した。1943年に高校を卒業すると、第二次世界大戦に従軍し、ヨーロッパ戦線でバルジの戦いにも加わって、最終階級は大尉だった。軍には16年間所属し、軍の広報部門で映画やテレビ番組への技術協力にも関わった。除隊後はエンターテイメント業界に戻り、テレビ・シリーズの技術顧問となったが、その撮影現場で俳優の仕事に復帰し、憲兵役などの小さな役から出演を始めた。のちにこの経験を「いい勉強になった」と語っている。
1961年に映画デビューし、カーク・ダグラス主演の西部劇『脱獄』では残虐な看守を、ケーリー・グラント主演のサスペンス『シャレード』では冷酷な犯罪者を演じた。『血だらけの惨劇』などにも出演した。1965年は多忙で、『蜃気楼』、『飛べ!フェニックス』、ジョン・ウェイン主演の『危険な道』、ウェインとディーン・マーティンが主演した『エルダー兄弟』に出た。1967年の『暴力脱獄』では、新入りの囚人ルークと最初は敵対しながらやがて崇拝するようになる囚人仲間、ドラグラインを演じてアカデミー助演男優賞を受賞し、ゴールデングローブ賞の助演男優賞にもノミネートされた。同年から翌年にかけては『特攻大作戦』『バンドレロ』『絞殺魔』などに出ている。当初は悪役として知られたが、1970年代の多くのパニック映画では救世主的な役を演じた。
1970年のパニック映画『大空港』では、航空会社の修理担当ジョー・パトローニ役を演じ、2度目のゴールデングローブ賞ノミネートを受けた。以降も『エアポート'75』『エアポート'77/バミューダからの脱出』『エアポート'80』で同じ役を演じ、職業は異なっても役名はすべてジョー・パトローニで、全4作に出た唯一の俳優となった。『サンダーボルト』と『アイガー・サンクション』ではクリント・イーストウッドと共演し、『大地震』や『ナイル殺人事件』にも出演した。1977年の『人間の証明』、1980年の『復活の日』と、角川春樹がプロデュースした日本映画にも出ており、ケネディは非常に熱心に取り組んだという。
1980年代前半にはキャリアが鈍り、1984年には興行的に失敗した『ボレロ/愛欲の日々』でボー・デレクの相手役を務めた。1988年にはコメディ『裸の銃を持つ男』で、レスリー・ニールセン演じる刑事の上司であるエド・ホッケン警部を演じ、続編2作にも出た。同年から1991年まで、連続ドラマ『ダラス』で邪悪な石油王カーター・マッケイを演じた。1998年には映画『スモール・ソルジャーズ』で声の出演を行い、2003年にはドラマ『ザ・ヤング・アンド・ザ・レストレス』に出た。最後の映画出演は2014年の『ザ・ギャンブラー/熱い賭け』で、死期の近い祖父の役を2分弱演じた。2016年2月28日に91歳で死去した。
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