伝記
アイトリアのアレクサンドロスは、ヘレニズム時代のギリシアの詩人で文法学者である。アレクサンドリアの図書館で働き、さまざまな種類の詩を作ったが、その作品はいまほとんど失われている。古代で知られている唯一のアイトリア出身の詩人とされる。
アイトリアのプレウロンの生まれで、生涯の大半はアレクサンドリアで過ごしたといわれる。カリマコスやテオクリトスと同時代の人で、紀元前315年ごろに生まれた。スーダ辞典によると、両親の名はサテュロスとストラトクレイアである。紀元前280年代には、アレクサンドリアの図書館で働く文人学者の一団に加わっており、プトレマイオス2世フィラデルフォスから、図書館が所蔵する悲劇とサテュロス劇の本文を整理し校訂する仕事を命じられた。のちにはロドスのアンタゴラスやアラトスとともに、マケドニア王アンティゴノス2世ゴナタスの宮廷でしばらく過ごした。
学者としての仕事に加えて、さまざまな韻律とジャンルで詩を書く多才な詩人でもあった。ただ、残っているのは約70行にすぎず、その大半は後の著者が引用した短い断片である。特に悲劇が称賛され、そのおかげで、アレクサンドリアの七人の悲劇詩人、いわゆる「悲劇のプレイアス」の一人に数えられた。悲劇、あるいはサテュロス劇かもしれない作品『骨遊びをする者たち』は、若いパトロクロスが学友を殺す場面を描いたものである。
叙事詩や小叙事詩も書いたが、いくつかの題名と短い断片が残るだけである。海神グラウコスを扱った『漁師』のほか、『キルケ』とも読める題の作品、『ヘレネ』があった。現存する最も長い作品は、哀歌対句で書かれた『アポロン』の34行の抜粋で、アンテウスとクレオボイアの物語を語っている。このほか哀歌調の断片がいくつか他の著者に引用され、『ギリシア詞華集』の二つの警句詩も一般に彼の作と考えられている。古代の記録は、ソタデスにならって「イオニア詩」と婉曲に呼ばれた卑猥な詩を書いた詩人としても彼を挙げている。短い断片のひとつは、アナパイストス四歩格で、エウリピデスの気難しくむっつりした気質と、その詩の蜜のような甘美さを対比している。
彼の作品の編纂としては、マイネケ、パウエル、マニェッリ、ライトフットらの版がある。
同じ年に亡くなった人物
- メトロクレス (紀元前300)
- アパメー2世 (紀元前300)
- エウヘメロス (紀元前 300年(推定))
- コンマゲネのサメス (紀元前300)
- ルキウス・マンリウス・ウルソ・ロングス (紀元前 300年(推定))
同じ地域に関係する人物
- Arrhichion (紀元前563)
- アントニオス・ペパノス (1918年没)
- アイアキデス (紀元前313年没)
- ジョージ・ゴードン・バイロン (1824年没)
- キロン (紀元前519)