HISTORICAL PERSON · 紀元前540年代没

タレス

ミレトス学派の始祖で、記録に残る最古の自然哲学者。神話に頼らず万物の根源を水と合理的に説明し、日食を予言したと伝わる。ギリシア七賢人の一人で、数学上の業績には近年否定的な見方が多い。

生涯
紀元前540年代没
死亡地
トルコ共和国(アイドゥン県 / ミレトス)
出生地
トルコ共和国(ミレトス)
出典
世界地図
トルコ共和国(アイドゥン県)

伝記

タレスは、紀元前624年ごろに生まれ、紀元前546年ごろに没したとされる古代ギリシアの哲学者で、ミレトスのタレスとも呼ばれる。ソクラテス以前の哲学者の一人であり、記録に残る最古の自然哲学者、イオニアに発したミレトス学派の始祖とされ、ギリシア七賢人にも数えられる。ほかの初期の哲学者と同じく、本人が書いた著作は残っておらず、その思想や生涯は、彼の死から8世紀ほど後にディオゲネス・ラエルティオスが記した書物など、古代の断片的な記述から推し量るほかない。その資料にも、信頼できない情報や作り話が混じっているとされる。

生まれは、小アジアのイオニアにある商業都市ミレトスである。ヘロドトスは「遠い祖先はフェニキア人」と述べ、ディオゲネスは、両親をエクサミュアスとクレオブリナとし、フェニキア出身の名門テリダイ一族の出だと記す。ただし、これはボイオティアから来た海洋民の子孫という意味だとする解釈もあり、また父にカリア風の名、母にギリシア風の名があることから混血だった可能性も指摘される。ミレトスの生粋の市民で名家の出だったとする記述もあり、食い違いは残る。若いころは政治に関わった後に自然の研究へ進んだとされ、測量術や天文学に通じていた。ヘロドトスによれば日食を予言し、それは天文学上の計算から紀元前585年5月28日にあたると考えられている。影と自分の身長を比べてピラミッドの高さを測ったともいわれる。エジプトやバビロンを訪れたという伝えもあるが、確かな証拠はなく、学者の間でも意見が分かれる。ミレトスにはエジプトの植民地ナウクラティスとの結びつきがあり、東方の数学や自然科学がイオニアに流れ込んだことが、ミレトス学派の母胎になったと考えられている。

彼が最初の哲学者とされるのは、アリストテレスが『形而上学』でそう位置づけたことによる。それまで神話で語られていた世界の起源を、合理的に説明しようとした最初の人物とされ、万物の根源(アルケー)を水と考えた。存在するものはすべて水から生じて水に帰り、大地は水の上に浮かんでいるとしたという。数学面では、20世紀前半の数学史家ヒースが、円は直径で二等分される、二等辺三角形の底角は等しいなど五つの定理を伝統的にタレスの発見とされるものとして挙げた。しかし典拠の年代の遅さや推論の無理が指摘され、現代の科学史家の多くは、後世の文献が伝える数学的業績に否定的である。論証数学の始まりは、彼の死後かなりたってからと考えられている。

逸話も多く残る。貧しさゆえに哲学は役に立たないと非難された彼は、天文の観測からオリーブの豊作を予期し、冬のうちにミレトスとキオスの搾油機をすべて借り占め、収穫期に大きな利益を得て、金持ちになろうと思えばなれるのだと示したという。プラトンの『テアイテトス』では、夜空に見入って溝に落ち、そばにいた女性に足元のことが分からないのかと笑われる。結婚をすすめる母には「まだその時ではない」、後には「もうその時ではない」と答えたといい、プルタルコスは、子の心配をしたくないと語ったとも伝える。何が困難かと問われて「自分自身を知ること」と答えた話もある。最期は体育競技を観戦中、暑さと渇き、または老衰で亡くなったとされる。

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