HISTORICAL PERSON · 2020年没

エンニオ・モリコーネ

イタリアの作曲家。『荒野の用心棒』『続・夕陽のガンマン』『ニュー・シネマ・パラダイス』など数多くの映画音楽を手がけた。ローマの音楽院で作曲を学び、1950年代末から映画音楽に携わった。

生涯
2020年没
死亡地
イタリア共和国(ローマ県 / ローマ)
出生地
イタリア共和国(ローマ)
出典
世界地図
イタリア共和国(ローマ県)

伝記

エンニオ・モリコーネは、1928年11月10日に生まれ、2020年7月6日に没したイタリアの作曲家である。『太陽の下の18才』『荒野の用心棒』『続・夕陽のガンマン』『シシリアン』『ニュー・シネマ・パラダイス』などの映画音楽を手がけたことで知られる。

ローマで生まれ、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院でゴッフレド・ペトラッシに作曲技法を学んだ。その後は作曲家としてテレビやラジオなどの音楽を担当し、1950年代末から映画音楽の作曲、編曲、指揮にも携わった。映画音楽家としてのデビューは1960年の『歌え!太陽』とされてきたが、オリジナルのスコアを使った映画は1961年のルチアーノ・サルチェ監督『ファシスト』であり、こちらがデビュー作と言われるようになっている。同じ年にカトリーヌ・スパーク主演『太陽の下の18歳』の音楽を担当し、「サンライト・ツイスト」で注目を浴びた。モリコーネの特集番組はマカロニ・ウェスタンの曲から始まることが多いが、本来はこの曲が最初の重要曲だという。

1960年代半ばから70年代前半にかけては、『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』などマカロニ・ウェスタンの主題曲で名声を高めた。セルジオ・レオーネ監督との名コンビでも知られる。『シシリアン』や、ジョーン・バエズが歌った1972年の「勝利への讃歌」も好評だった。1986年にはローランド・ジョフィ監督の歴史映画『ミッション』で新境地を開き、以後イタリア国外でも評価が高まった。1987年に『アンタッチャブル』でグラミー賞を受賞し、1989年には『ニュー・シネマ・パラダイス』で世界的な知名度を得た。アカデミー賞には生涯で、『天国の日々』『ミッション』『アンタッチャブル』『バグジー』『マレーナ』『ヘイトフル・エイト』の合計6回ノミネートされた。2003年にはNHKの大河ドラマ『武蔵』の音楽も担当している。2007年の第79回アカデミー賞で名誉賞を受け、2016年には『ヘイトフル・エイト』の音楽で第88回アカデミー賞の作曲賞を受賞した。2017年にイタリア共和国功労勲章、2019年に旭日小綬章を受けた。

私生活では早めに就寝し、午前4時には起きて朝に運動や作曲を行う習慣だった。愛妻家として知られ、2007年の名誉賞の授賞式では壇上で、長年そばにいてくれた妻のマリアにオスカーを捧げると述べた。チョコレートが好きで、一時は86キロあった体重を、食べる量を減らし家の中を走り回って72キロまで落としたが、妻に怒られるので内緒で食べることにしていたという。

マカロニ・ウェスタンやジャッロなど暴力や流血の描写が多い映画への音楽で名高いが、本人は過度な流血描写を嫌悪すると語っていた。セルジオ・コルブッチ監督の『続・荒野の用心棒』は公開当時から俗悪な映画だと考え、自作の音楽が使われたタランティーノ監督の『ジャンゴ 繋がれざる者』にも、流血ばかりで好きな映画ではないと語った。一方、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督が『ソドムの市』の音楽を依頼した際、ショッキングな描写を試写で一切見せなかった配慮に感銘を受け、終生変わらぬ友情を抱いていると語っていた。献身的なカトリック教徒でキリスト教民主党を支持したが、一方で「キリストは最初のコミュニストだった」とも語った。2020年7月6日、6月末に大腿骨を骨折して入院していたローマの病院で死去した。

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