伝記
クシシュトフ・ペンデレツキ(クリシュトフとも表記される)は、1933年11月23日に生まれ、2020年3月29日に没したポーランドの作曲家、指揮者である。クラクフ近郊のデンビツァの生まれで、カトリック教徒であった。ポーランドを代表する作曲家の一人に数えられ、オーケストラを用いたトーンクラスターに大きな特徴があった。
作曲家としての歩みは1950年代末に早くも結実した。1959年、ワルシャワで作曲家同盟が主催した第2回若手ポーランド作曲家コンクールでは、匿名で提出した「スタンザ」「エマナツィオン」「ダヴィデの詩篇」で上位3位までの賞を独占したとされる。同じ時期に「放射」「時間と沈黙の次元」「アナクラシス」といった管弦楽曲を書き、1959年から60年にかけては弦楽合奏曲「広島の犠牲者に捧げる哀歌」を作曲した。1961年にはこの作品でユネスコの国際作曲家会議の賞を受けている。1960年代には「52の弦楽器と2つのテープのためのカノン」「ポリモルフィア」「蛍光」などの作品が続いた。
創作の頂点とされるのが、1965年に完成したルカ受難曲である。この作品は1966年に北ライン=ヴェストファーレン州の大芸術賞を、1967年にはイタリア賞を受けた。1967年には「怒りの日(アウシュヴィッツで殺害された人々の思い出に捧げるオラトリオ)」を書き、これも翌1968年にイタリア賞を受賞している。ルカ受難曲を書き上げた後は新ロマン主義へ傾き、作風を古典的なものへ回帰させていった。ポーランド・レクイエム(1980〜84年)、交響曲第2番「クリスマス」(1979〜80年、「きよしこの夜」などのクリスマス音楽を引用)、交響曲第7番「エルサレムの7つの門」(1996年)など、大編成の作品を重ね、ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲、ピアノ協奏曲「復活」(2001〜02年)も残した。
指揮者としては主に自作を振る一方、古典作品も指揮した。ハンブルクの北ドイツ放送交響楽団(現在の名称はNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)などへの客演は多く、日本のNHK交響楽団を振ったこともある。受けた栄誉は多岐にわたり、1987年にはウルフ賞とグラミー賞の最優秀現代作品を、2001年にはアストゥリアス皇太子賞を、2004年には日本の高松宮殿下記念世界文化賞(音楽部門)を受けた。2005年にはポーランドの白鷲勲章も授与された。
2020年3月29日に没した。2周忌にあたる2022年3月29日、クラクフ市内の教会で国葬が行われ、アンジェイ・ドゥダ大統領ら閣僚が出席した。同教会の地下埋葬所は2010年にポーランドの優れた芸術家のために制定されたもので、ペンデレツキの遺灰が入った骨壷もここに収められた。
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