HISTORICAL PERSON · 282年没

Theognostus of Alexandria

3世紀後半のアレクサンドリアの神学者でオリゲネスの弟子。七巻の主著『ヒュポテュポーセイス』で三位一体・贖罪・来世を論じ、アタナシオスがアリウス派への有用な証人とみなした。

生涯
282年没
死亡地
エジプト・アラブ共和国(カイロ県 / ヘリオポリス)
出生地
エジプト・アラブ共和国(アレクサンドリア)
出典
世界地図
エジプト・アラブ共和国(カイロ県)

伝記

テオグノストス(アレクサンドリアのテオグノストス)は、3世紀後半のアレクサンドリアの神学者である。生年は210年ごろ、没年は270年ごろとされるが、282年没とする記述もある。生涯について伝わることは少なく、アタナシオスとコンスタンティノポリスのフォティオス1世の引用を通じて知られている。

アレクサンドリアのオリゲネスの弟子であったにもかかわらず、教会史家のエウセビオスやヒエロニュムスの著作には、テオグノストスに触れたところが見当たらない。主な手がかりはアタナシオスの記述にある。シデのフィリッポスは、テオグノストスがピエリオスのあとを受けて、265年にアレクサンドリアの学院を主宰したと述べている。ディオニュシオスの後継としてこの教理学校の長となったらしいともいわれ、265年から282年まで務めたとみる説がある。300年ごろとする説もあるが、典拠が遅いため受け入れがたいとされる。

主著は全7巻の『ヒュポテュポセイス』で、「概要」「素描」といった意味の題名はフォティオスが与えたものである。『聖書の解釈者、至福のテオグノストスの素描』とも呼ばれる。第1巻は創造、第2巻はキリストの神性、第3巻は聖霊、第4巻は天使と悪魔、第5巻と第6巻は神の神性、第7巻は創造への回帰を扱う。ただし、第5巻が天使と悪魔を肉体をもつものとして論じたとする記述もある。

この書の正統性には議論がある。第2巻には、子を被造物、つまり造られた存在として語るなど、アリウス派を思わせる箇所があり、第3巻の聖霊についての言及もオリゲネスを思わせる、正統的でないものとされる。一方、第6巻と第7巻は受肉をより正統的に扱っており、アタナシオスはテオグノストスをアリウス派とは見なさず、アリウス派に対抗する際の有用な証人と考えた。オリゲネスの影響のもとで三位一体、神による救い、死後の世界を論じ、その文体は力強く、むだがないとされる。こうした仕事は当時のアレクサンドリアの学院で盛んだったキリスト教的ヘレニズム哲学の流れにあり、アンティオキアのルキアノスと論争したのもこの立場によるのかもしれない。

テオグノストスの神学の多くは、のちにニュッサのグレゴリオスに取り入れられたといわれる。著作は第2巻のごく一部の断片がヴェネツィアの写本から見つかったほかは、ほとんど残っていない。断片はルースの『聖遺物集』などに集められ、第2巻の大半は1902年にフランツ・ディーカンプが刊行した。

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