HISTORICAL PERSON · 1990年没

ロバート・ホフスタッター

アメリカの物理学者。線形加速器による電子散乱の研究で陽子や中性子が広がりを持つことを示し、1961年にノーベル物理学賞を受けた。

生涯
1990年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / スタンフォード)
出生地
アメリカ合衆国(ニューヨーク)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

ロバート・ホフスタッターは、1915年2月5日にニューヨークで生まれ、1990年11月17日にスタンフォードで没したアメリカ合衆国の物理学者である。1961年に、ルドルフ・メスバウアーとともに、原子核による電子の散乱の先駆的な研究と、それによる核子の構造に関する発見により、ノーベル物理学賞を受賞した。

ポーランド系ユダヤ人移民の、セールスマンの父ルイスと、母ヘンリエッタの子として生まれた。ニューヨークの小学校と高校を出て、ニューヨーク市立大学シティカレッジに入り、1935年に20歳で優等の理学士号を取得した。数学と物理学のケニヨン賞も受けた。ゼネラル・エレクトリック社の奨学金を得て、プリンストン大学の大学院に進み、23歳で修士号と博士号を取得した。博士論文は、軽い酸と重い酸の赤外線吸収に関するものだった。その後、ペンシルベニア大学でポスドクとして研究し、戦時研究を行ったのち、プリンストン大学で助教授となった。1942年に、ボルチモア出身のナンシー・ギヴァンと結婚した。3人の子があり、そのなかに、のちにピュリッツァー賞を受ける、人工知能の研究者のダグラス・ホフスタッターがいる。

1948年に、タリウムで活性化したヨウ化ナトリウムの結晶が、優れたシンチレーターであることを発見し、特許を出願した。この結晶は、光電子増倍管とともに、重要な検出器となり、核分光学の大きな発展を可能にした。現在でも、ガンマ線の検出に広く使われている。1950年にスタンフォード大学に移り、1985年までそこで研究した。大学には、W・W・ハンセンが発明し、建設中だった電子の線形加速器があり、完成するとこれを使って、100メガ電子ボルトの電子を用いた実験を行った。1956年には、水素や鉛などの安定な原子核に電子を衝突させて、核の構造を調べ、軽い核、中程度の核、重い核の半径を研究し、陽子や中性子が点ではなく、広がりを持つことなどを示した。この研究により、1961年にノーベル賞を受けた。

1956年の論文「電子散乱と原子核の構造」で、イタリアの物理学者エンリコ・フェルミに敬意を表して、長さの単位「フェルミ」の呼び名を作った。この語は、原子核や素粒子の物理学者に広く使われている。晩年の数年間は、天体物理学に関心を持ち、シンチレーターの知識を、コンプトン・ガンマ線観測衛星に搭載するガンマ線望遠鏡の設計に生かした。スタンフォード大学の物理学科は、彼を、この観測衛星を開発した主要な科学者の一人と見なしている。1958年に米国科学アカデミーの会員に選ばれ、1970年にアメリカ芸術科学アカデミー、1986年にアメリカ哲学協会の会員となった。1987年には、ニューサウスウェールズ大学からディラック・メダルを授与された。スタンフォード大学には、彼の名を冠した記念講演が、毎年開かれている。

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