HISTORICAL PERSON · 紀元前69没

Zeno of Sidon

紀元前2〜1世紀のギリシアのエピクロス派哲学者。著作は失われたが、弟子ピロデモスの著作に講義の要約が残る。キケロも彼の講義を聴いた。

生涯
紀元前69没
死亡地
ギリシャ共和国(アッティキ / アテネ)
出生地
レバノン共和国(サイダ)
出典
世界地図
ギリシャ共和国(アッティキ)

伝記

シドンのゼノンは、紀元前150年ごろから紀元前75年ごろにかけて生きたとされるギリシアのエピクロス派の哲学者である。セレウコス朝の都市シドン、現在のレバノンの地中海沿岸にあたる町の出身で、キケロと同時代の人物だった。キケロはアテナイにいたころ、このゼノンの講義を聴いたという。著作は現存しないが、弟子のピロデモスの著作の中に、ゼノンの講義の要約が残されている。

ゼノンは、アポロドロスの弟子であったとされる。「エピクロス派の指導的人物」と呼ばれることもあり、フランス語圏の記述では、紀元前後の時期にエピクロスの学園を率いたともいわれる。キケロもディオゲネス・ラエルティオスも、彼を精密で洗練された思想家として描いている。一方でキケロは、ゼノンが他の哲学者たちを強く見下していたと述べており、ソクラテスを「アッティカの道化」と呼んだことまで伝えている。また、ストア派の攻撃からエピクロス派の名誉を守ることに熱心で、エピクロスに悪意ある文章を書いた著作家を相手に裁判を起こすことも辞さなかったようだとされる。さらに、カルネアデスの講義を聴いたとキケロが証言しているともいわれるが、のちに両者の見解は対立した。

哲学の面では、幸福は現在の楽しみや繁栄だけに左右されるものではなく、それらが続くことへの合理的な期待にも依存すると考えた。また数学の哲学にも取り組み、あらゆる知識は経験から導かれるという立場に立って、エウクレイデスを批判した。幾何学の基本原理からの演繹は、それだけでは証明できないと示そうとしたのである。この批判をめぐっては、ストア派のポセイドニオスと大きな論争になり、ポセイドニオスはゼノンの見解を論じるために一冊の書物を著したという。ゼノンの批判は、のちの非ユークリッド幾何学の先駆けと見なされることもあり、数学的経験論や帰納的推論の妥当性を擁護した点で、ジョン・スチュアート・ミルの理論に先立つともいわれる。

著作としては、『講義』『哲学者たちについて』『徳と悪徳について』などが挙げられ、ほかに『原子の相違について』『目的について』『証明に反対して』『エピクロスの論証集』といった題も、ピロデモスの著作から知られている。ヘルクラネウムのパピルス荘で見つかった炭化したパピルスの中には、ピロデモスがまとめた『ゼノンの講義にもとづく行状と性格の要約』があり、そこには『率直な批判について』と『怒りについて』という二つの論考が含まれる。ゼノン自身の文章は失われたが、こうして弟子を通じて、その教えの一部が今に伝わっている。

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