HISTORICAL PERSON · 紀元前385年没

フィロラオス

ピタゴラス教団の哲学者・数学者。地球が宇宙の中心ではないと説いた最初の人物とされ、万物は有限と無限の調和から生じると考えた。

生涯
紀元前385年没
死亡地
ギリシャ共和国(中央ギリシャ / テーバイ)
出生地
イタリア共和国(Taras)
出典
世界地図
ギリシャ共和国(中央ギリシャ)

伝記

フィロラオス(ピロラオスとも)は、紀元前470年頃に生まれ、紀元前385年ないし390年頃に亡くなったとされる、ピタゴラス教団の一員で、数学者であり、ソクラテス以前の哲学者である。ピタゴラス自身やタラスのアルキュタスと並び、ピタゴラス学派の伝統を代表する人物の一人とされる。ディオゲネス・ラエルティオスによれば、出身は南イタリアのクロトンとも、タラスともいう。ただし、彼がいつ生きたのかを確定するのは非常に難しく、ピタゴラスとの前後関係も伝承に食い違いがあるため、年代はいずれも推測にとどまる。

イアンブリコスの名簿ではピタゴラスの弟子に数えられているが、ピタゴラスは紀元前497年から475年頃に没したとされ、これと合わせると年代がかみ合わない。伝えによれば、彼は紀元前440年頃にクロトンのピタゴラス教団の学校が焼かれた事件を生き延びた人物の一人で、リュシスやアルキッポスとともに逃れたという。彼は、まず南イタリアのルカニアにあるテバイに逃げた。紀元前399年に同じく逃れていたリュシスがテバイで没したとき、その墓に詣でるために旅をし、その途中でボイオティアのテバイ出身のケベスと語り合った。ケベスはその出会いをプラトンに話したとされる。プラトンは南イタリアへ赴いて教えを受けようと急いだと伝わる。

彼は自分の考えを一冊の書『自然について』にまとめた。紀元前400年頃に書かれたともいわれ、口伝が原則だったピタゴラス主義が初めて書かれた書物になったとされる。この書には、金に困ったフィロラオスが教団の秘密の教えを流出させたという話があり、プラトンがこれを買ってアカデメイアの蔵書にしたとも伝わる。ただし、この逸話には疑わしいとの見方が強く、歴史家タンヌリは不合理と評した。書の最初の文句には、彼の教えの二つの根本、すなわち無限定なものと限定するもの、そして調和が示されている。万物は両者が調和して結びつくことで生じるというのが彼の説である。この調和の手本は音階にあるとされ、無限定な音の連続が、特定の間隔に置かれた音によって限定されるのだという。

宇宙論では、地球が宇宙の中心ではないと述べた最初期の人物とされる。空間に固定した方向を考える発想を捨て、世界の中心には見えない火があり、その周りを天、5つの惑星、太陽、月、地球、反地球という10の神聖な天体が回ると説いた。この構想は、銀河系を思わせるとも評される。ただし、多くの部分は伝承であり、書に残る断片は二十ほどにすぎず、その真偽をめぐって19世紀には偽作説も出された。今日では、断片の一部は本物と認められている。

弟子には、デモクリトスやアルキュタス、エウリュトスらが挙げられる。彼の書は古代に大きな成功を収め、アリストテレスがピタゴラス主義について述べたことの多くは、その断片に基づく。プラトンの数学観にも影響したと考えられ、『ティマイオス』が彼に負うという説も古代から知られる。アリストテレスが名を挙げて引用するのは一度だけで、それは彼が自殺を禁じたという点についてである。没地はタラスとされるが、確かな記録は乏しく、彼の実像には今なお不明な点が多く残されている。

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