伝記
アルタフェルネスは、アケメネス朝ペルシアの将軍である。古代ペルシア語ではアルタファルナと呼ばれ、メディア語のルタファルナに由来する名とされる。ダレイオス1世の甥にあたり、父は同じ名のアルタフェルネスで、ダレイオスの兄弟にあたるリュディアの太守だった。
父のアルタフェルネスは紀元前512年に小アジア西部の太守となり、サルディスに拠点を置いた。ミレトスのヒスティアイオスらが起こしたイオニアの反乱の鎮圧にも加わった。紀元前500年から493年にかけて、エフェソス付近やラデ島での戦い、ミレトスの攻略に勝利して反乱を抑え、その後ギリシア人諸都市の統治を改めたという。しかし紀元前492年には太守の座を解かれ、マルドニオスに替わった。
息子のアルタフェルネスが歴史に現れるのは、その後のことである。ダレイオスは、イオニアの反乱を支援したアテナイとエレトリアを罰するために遠征軍を送った。マルドニオスの遠征がうまくいかなかったあと、新たな軍の指揮を任されたのがアルタフェルネスで、メディア人の将軍ダティスとともに率いた。陸軍をアルタフェルネスが、艦隊をダティスが指揮したとも伝わる。紀元前491年に出発し、途中でナクソス島を手に入れ、エウボイア島ではカリストスとエレトリアを攻め落としたとされる。エレトリアは包囲されて完全に破壊され、住民はペルシアへ連行されたという。
紀元前490年、軍はアッティカに渡った。しかしマラトンの戦いでミルティアデスの率いるアテナイ軍に敗れ、アルタフェルネスらは退いてアジアへ戻った。
それから10年後の紀元前480年、従兄弟のクセルクセスが率いたギリシア遠征に、アルタフェルネスは加わった。リュディア人とミュシア人の軍を指揮したと記録されている。王家の一員として加わったにすぎず、役割は小さかったともいう。古代ギリシア語ではアルタプレネスと綴られ、ギリシア側の史書や詩にもその名が見える。大衆文化では、映画『300 〈スリーハンドレッド〉 ~帝国の進撃~』でベン・ターナーがこの人物を演じている。
同じ年に亡くなった人物
- Charon of Lampsacus (紀元前500)
- Praxilla (紀元前500)
- クロトンのアルクマイオン (紀元前 500年(推定))
- Myia (紀元前500)
- オバデヤ (紀元前 500年(推定))