HISTORICAL PERSON · 1997年没

ロバート・ミッチャム

アメリカの俳優。眠たそうな瞳とがっしりした体格で「スリーピング・アイ」と呼ばれ、戦後のスクリーンを賑わせたタフガイ俳優として知られる。

生涯
1997年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / サンタ・バーバラ)
出生地
アメリカ合衆国(ブリッジポート)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

ロバート・チャールズ・ダーマン・ミッチャムは、1917年8月6日にコネチカット州で生まれたアメリカの俳優である。父はスコットランド系とアイルランド系、母はノルウェー系の血を引く。父は鉄道関係の仕事をしており、幼いうちに列車の事故で亡くなった。弟のジョンも俳優になり、のちに息子のジェームズとクリストファー、孫のキャリーとベントレーも同じ道を歩んだ。

少年時代は家庭に恵まれず、いたずらや喧嘩が絶えなかったとされる。12歳のころ母に祖父母のもとへ送られたが、そこでも学校で校長と喧嘩をして退学になり、そのまま家を離れた。貨物列車に無賃で乗って全国を回り、炭鉱夫や排水溝の作業員など肉体労働で暮らしをつないだ。14歳のころにはジョージア州で浮浪の罪により逮捕されたこともある。ボクサーとして試合に出たが、指を骨折して断念した。トレードマークとなった眠たげなまなざしは、ボクシング時代の名残だと言われる。1940年にはドロシー・スペンサーと結婚し、ロッキード社の飛行機工場で働いた。仕事のストレスで体調を崩していたころ、姉のジュリーに勧められて地元のアマチュア劇団に加わり、俳優の道に進んだ。

1942年にボブ・ミッチャムの名で映画に出始め、1944年に『東京上空三十秒』に端役で出ると、RKOと専属契約を結んで頭角を現した。翌年、従軍記者アーニー・パイルを描いた『G・I・ジョー』でアカデミー助演男優賞にノミネートされた。1947年の『過去を逃れて』では悪女に翻弄される私立探偵を演じ、無表情でクールなタフガイの像を作り上げた。『追跡』や『十字砲火』にも出演した。1948年にマリファナ所持の容疑で逮捕されて43日間を監獄農場で過ごしたが、のちに冤罪だったとされ、ハワード・ヒューズの側近が仕組んだものと伝えられる。この事件はかえってバッド・ボーイの印象を与え、1950年代前半にマリリン・モンローと共演した『帰らざる河』などの大ヒットで地位を固めた。『白い砂』や、ドイツのUボートと戦う駆逐艦長を演じた『眼下の敵』でもタフガイを演じる一方、『狩人の夜』の偽伝道師や『恐怖の岬』の犯罪者マックス・ケイディなど、悪役にも挑んだ。『恐怖の岬』は後に『ケープ・フィアー』としてリメイクされ、ミッチャムは原作で主演したグレゴリー・ペックとともに脇役で出演した。1958年の低予算映画『サンダーロード』では製作、主演、脚本を担い、主題歌の作詞も手がけた。『エル・ドラド』ではジョン・ウェインと共演している。

1970年代は『ライアンの娘』で演技派として評価され、1975年には『ザ・ヤクザ』で高倉健と共演した。『さらば愛しき女よ』では年老いた私立探偵フィリップ・マーロウを演じた。1980年代にはテレビドラマで探偵役やマフィアの不気味なドンを演じ、性格俳優としても幅を広げた。出演を辞退した主演作には『ワイルドバンチ』『パットン大戦車軍団』『アトランティック・シティ』などがある。晩年は、同じ年の生まれでボクサー出身、映画で2本共演したディーン・マーティンと同じ肺癌を患いながらも出演を続け、孫娘キャリーとの共演を果たした後、1997年7月1日に死去した。

同じ年に亡くなった人物

同じ地域に関係する人物