伝記
シルバンナクスは、三世紀の危機と呼ばれる時代のローマ皇帝、あるいは簒奪者とされる人物である。同時代の文書にはまったく名が見えず、その存在は二十世紀になるまで忘れられていた。手がかりは二枚の貨幣だけで、一枚目は一九三〇年代に、二枚目は一九八〇年代に見つかった。生没年は明らかでなく、二五〇年ごろに活動したとされる。
貨幣には「皇帝マル・シルバンナクス・アウグストゥス」という称号が刻まれている。シルバンナクスという珍しい名は、接尾辞「-アクス」からケルト系の名と見られ、ガリアあるいはブリテンの出身だった可能性が指摘されている。一方で、森の神シルウァヌスに由来するシルウァンナクスやシルウァニアクスの誤記とする見方もあり、その場合は神の名の源とされるエトルリアの神セルヴァンスから、イタリア中部の出身という可能性も出てくる。北イタリアにもケルト系やガリア系の影響があったため、北イタリア出身説もありうる。貨幣の誤記は他の皇帝にも例があり、リキニウスが「リキンニウス」、ウェトラニオが「ウェルタニオ」と刻まれた貨幣が知られる。「マル」の綴りが何を指すかも定まらない。マルクスとする書物もあるが、マルクスは通常は個人名で貨幣に刻まれにくいため、マルキウスかマリウスが有力とされる。クリスティアン・ケルナーは二〇〇二年にマリナスという読みも提案した。マルキウスだとすれば、皇帝フィリップス・アラブスの妃マルキア・オタキリア・セウェラとの縁も考えられるという。
最初の貨幣は、ロレーヌで出たとされ、一九三七年に大英博物館がスイスの貨幣商から入手した。ローマの貨幣は大量に造られたため、一枚しかない点が真贋と実在への疑いを呼んだが、意匠や成分が三世紀の貨幣と合い、肖像が他のどの皇帝とも一致せず、文字に手を加えた跡もなく、裏面の図柄もほぼ知られていなかったことから、本物と判断された。意匠と銀の含有量から、二三八年から二六〇年のあいだに造られたと考えられる。二枚目はパリ近郊で見つかり、長く個人が所蔵していたが、一九九六年にフランスの歴史家シルヴィアーヌ・エスティオが発表した。これによりシルバンナクスは実在の人物として広く受け入れられた。二枚の表面の銘は同じで、裏面は「勝利の皇帝」と「防衛者マルスに」で異なる。
統治の時期には二つの説がある。古くからの説では、フィリップス・アラブスの治世下の二四八年から二五〇年のどこかで、ガリアに現れた簒奪者だったとする。新しい説は二枚目の意匠をもとに、アエミリアヌスの死からウァレリアヌスの到着までのあいだ、ローマを押さえた短期の正統な皇帝だったとする。治世や簒奪は数週間、あるいは数日で終わったかもしれず、当時の状況から、その死で終わった可能性が高いとされる。貨幣の肖像では、比較的若く、頭は小さめで顔はやや面長、鼻はわずかに鷲鼻である。当時の皇帝の多くが豊かなひげをたくわえたのに対し、顎にひげはなく、あごの縁に沿って頬ひげを伸ばしていたようである。
同じ年に亡くなった人物
- ヴァレリウス・エウティキアヌス (300年没)
- Austromoine (300年没)
- ファスティダ (300年没)
- アキレウス・タティウス (300年(推定))
- Ursus of Solothurn (300年没)
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