HISTORICAL PERSON · 135年没

スミュルナのテオン

小アジアのスミュルナ出身とされる古代ギリシアの哲学者・数学者・天文学者。唯一現存する『プラトンを読むのに役立つ数学について』で数論や音楽理論、天文学を解説し、プラトン主義での数学の位置づけを示した。

生涯
135年没
死亡地
—
出生地
トルコ共和国(イズミル県 / イズミル)
出典
世界地図
トルコ共和国(イズミル県)

伝記

スミュルナのテオンは、古代ギリシアの哲学者、数学者、天文学者である。70年頃に生まれ135年頃に没したと推測されているが、年代は正確ではなく、100年ごろに活動したとする見方もある。ピタゴラス学派の思想に強く影響を受け、現存する著作『プラトンを読むのに役立つ数学について』は、ギリシア数学の入門的な概説書として知られる。

生涯の詳細はほとんど分かっていない。名が示すとおり、出身地は小アジアの都市スミュルナ、現在のトルコのイズミルと考えられている。スミュルナでは、没した際に作られ息子が奉納した胸像が見つかっており、美術史家はこれを135年ごろのものとしている。プトレマイオスは『アルマゲスト』で、アレクサンドリアで観測を行ったテオンという人物にたびたび触れているが、それがスミュルナのテオンかどうかは分からない。月のクレーター「テオン・シニア」は彼にちなんで名付けられた。

テオンは数学者や哲学者の著作への注釈をいくつも書いたが、その多くは失われた。プラトン哲学に関する著作も含まれる。唯一まとまって残るのが『プラトンを読むのに役立つ数学について』である。これはプラトンの著作の注釈ではなく、数学を学ぶ者のための一般的な手引きで、独創的な業績というより、当時すでに知られていた考えの参照書である。既存の知識をまとめ、先行する文献を丁寧に引用している点が、この書の価値を高めている。プラトンを学ぶ順序を論じたもう一つの著作が、近年アラビア語訳で発見されたという。

この書の前半は数と音楽を扱う。数の部分では、奇数、偶数、素数、完全数、過剰数、友愛数といった、今日の数論にあたる性質を取り上げ、比率や平均も論じる。数は宇宙の秩序を理解するための基礎だという、プラトン的な思想を強調している。「辺と対角線の数」も述べられており、これは2の平方根への最良の有理数近似を順に求めるピタゴラス学派の方法で、分母はペル数になる。立方体倍積という古典的問題の起源を知る資料の一つでもある。音楽の部分は、数の音楽、楽器の音楽、天球の音楽の三つに分かれる。数の音楽は比、比例、平均を用いた音律と和声の扱いで、楽器の音楽は旋律ではなく音程と協和を扱う。協和の度合いは比の単純さで考え、たとえばオクターブは2対1という最も単純な比である。テオンは、宇宙の音楽を最も重要と考え、前の部分の後に置いた。エペソスのアレクサンドロスの詩を引いて、各惑星に半音階の特定の音高を割り当てており、この発想はその後千年にわたり人気を保った。後半は天文学で、大地が球形で大きいことを確認し、掩蔽、通過、合、食を述べる。ただし、オットー・ノイゲバウアーは、提示した内容を十分には理解していなかったとして、その出来を批判した。テオンは和声の哲学者でもあり、半音にも言及した。9対8の全音は等分できないと認め、整数の比と音程の関係を、半ば水を満たした壺を使うピタゴラス学派の方法で説明している。オクターブ、五度、四度の比は、それぞれ2対1、3対2、4対3である。

テオンの著作は、古代末期から中世にかけて、プラトン主義の伝統の中で、プラトンを学ぶ者の数学的な入門書として読まれ続けた。パップスやプロクロスらにも参照された可能性が指摘されるが、広く流布したわけではなく、名前は後世にあまり記憶されなかった。現代では、古代ギリシアの数学教育やプラトン主義の研究における史料として再評価されている。

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