HISTORICAL PERSON · 1442年没

エリーザベト・フォン・バイエルン (1383-1442)

バイエルン=ランツフート公女で初代ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世の妃。美貌で知られ、夫の長期遠征中は領内の諸問題に自ら対処した。

生涯
1442年没
死亡地
ドイツ連邦共和国(バイエルン州 / アンスバッハ)
出生地
ドイツ連邦共和国(トラウスニッツ城)
出典
世界地図
ドイツ連邦共和国(バイエルン州)

伝記

エリーザベト・フォン・バイエルンは、ドイツのバイエルン=ランツフート公爵家の公女で、初代のブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世の妻である。1383年に、バイエルン公フリードリヒ賢公と、その2番目の妻マッダレーナ・ヴィスコンティとの長女として生まれた。同名の異母姉エリーザベトがいたが、彼女が生まれる前年に、嫁ぎ先で亡くなっている。美貌で知られ、「佳人エルゼ」とうたわれた。

1401年9月18日に、ニュルンベルク城伯フリードリヒ6世と結婚した。夫は1415年にブランデンブルク選帝侯に昇格し、フリードリヒ1世として統治した。夫は、イタリアやハンガリーへの軍事遠征や、コンスタンツ公会議への出席のために、長いあいだ領内を留守にした。その間、エリーザベトが夫の代わりを務め、その賢明さと有能さによって、ブランデンブルクが抱えていた深刻な政治上の問題に対処したという。

夫とのあいだには、10人の子が生まれた。1403年生まれの長女エリーザベトは、1418年にレグニツァ公ルドヴィク2世と結婚し、1438年にチェシン公ヴァツワフと再婚した。ヨハンは、1406年に生まれ、「錬金術伯」と呼ばれて、クルムバッハ辺境伯になった。娘のツェツィーリエは1423年にブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公ヴィルヘルム1世と、マルガレーテは同じ年にメクレンブルク公アルブレヒト5世と結婚し、のちに1441年にバイエルン=インゴルシュタット公ルートヴィヒ8世と、1446年にヴィルデンフェルス伯マルティンと再婚した。マグダレーナは1426年にブラウンシュヴァイク=リューネブルク公フリードリヒ2世と、ドロテアは1432年にメクレンブルク公ハインリヒ4世と結婚した。1413年生まれのフリードリヒ2世は、「鉄歯侯」と呼ばれて、ブランデンブルク選帝侯となった。1414年生まれのアルブレヒト3世は、「アキレウス」と呼ばれ、アンスバッハ辺境伯、クルムバッハ辺境伯、ブランデンブルク選帝侯となった。末の子のフリードリヒは1424年に生まれ、「肥満伯」と呼ばれた。エリーザベトは1442年11月13日に亡くなった。ホーエンツォレルン家の王家の血筋は、三男のアルブレヒト3世を通じて、彼女から続いている。

同じ年に亡くなった人物

同じ地域に関係する人物