伝記
グスタフ・テオドール・フェヒナーは、1801年4月19日に生まれ、1887年11月18日に没したドイツの物理学者、哲学者、心理学者である。実験心理学、生理心理学の先駆者で、精神物理学の創始者とされ、多くの20世紀の科学者や哲学者に影響を与えた。心理的な感覚と刺激の物理的強度の間に、対数による非線形の関係があることを示し、この関係は今日ヴェーバー=フェヒナーの法則として知られる。
ムスカウに近い下ラウジッツのグロス・ゼルヒェンで、牧師の子として生まれた。父も母方の叔父も父方の祖父も牧師で、母も宗教的な家の出であった。父は種痘を子供たちに受けさせ、ラテン語を教え、果樹の栽培に熱中するなど、自由な考えの持ち主であったが、1806年に突然亡くなり、一家は困窮した。兄と彼は数年間、牧師である母方の叔父に育てられ、その後ドレスデンで母や妹たちと再び一緒になった。宗教家の家に育ったにもかかわらず、のちに無神論者になったと見る伝記作者もいれば、キリスト教と異教を総合した独自の信仰体系を持っていたと見る者もいる。最初の教育はゾーラウで受けた。1817年にドレスデンで半年間医学を学び、1818年からライプツィヒ大学に移って、以後の人生をこの町で過ごした。
物理学や化学の論文を発表し、ビオやテナールの化学書をフランス語から翻訳した。詩やユーモアのある作品も書き、1825年には偽名で『天使の比較解剖学』を著している。1834年にライプツィヒ大学の物理学の教授に任命された。しかし1839年、色と視覚の現象を研究する中で、太陽を色つきの眼鏡越しに見つめる残像の実験をして眼を傷め、ひどく苦しんだ末に職を辞した。その後、回復するあいだに、心と身体の関係の研究に転じ、これらの主題について公開講義を行った。ベッドに横たわっているときに、精神的な感覚と物質的な感覚の関係についての洞察を得た。精神世界と物理世界の間に量的な関係があるというこの洞察は、心理学の発展において重要だった。
エルンスト・ヴェーバーの研究を発展させ、1860年の主著『精神物理学綱要』で、精神物理学という学問を創始した。身体の事実と意識の事実は、互いに還元できないが、一つの実在の異なる側面だという一元論的な考えから出発し、両者の間に厳密な数学的関係を見いだそうとした点に独創性がある。感覚の強度が等差級数的に増すには、刺激が等比級数的に増さねばならないという法則は、非常に有用だが、きわめて弱い感覚や強い感覚ではあてはまらないことがわかっている。1838年には、白と黒の動くパターンの中に色が見える現象、いわゆるフェヒナー色の効果も研究した。1876年の『美学入門』では、主観的な判断に対して極端な順位の方法を用い、その2年後には中央値の概念を発展させた論文を出し、中央値をデータの正式な分析に導入した人物とされる。
哲学では、精神と物質は一つであり、宇宙は一方から見れば意識、一方から見れば物質であると考えた。宇宙を意識的存在と見ることを「昼の見方」、無生物として見ることを「夜の見方」と呼び、夜の見方の眠りに落ちた人々を昼の見方に目覚めさせることを目指した。その哲学の反響は小さかったが、精神物理学は大きな反響を呼んだ。死後の世界を論じた小著では、死は形を変えた誕生であり、霊界への誕生だと説いた。
同じ年に亡くなった人物
- アウグスト・スピース (1887年没)
- イワン・クラムスコイ (1887年没)
- スペンサー・フラトン・ベアード (1887年没)
- パーヴェル・アンネンコフ (1887年没)
- アレクサンドル・ボロディン (1887年没)
同じ地域に関係する人物
- アントン・グラフ (1813年没)
- アマーリエ・フォン・プファルツ=ツヴァイブリュッケン=ビルケンフェルト (1828年没)
- ヨハン・クーナウ (1722年没)
- クリスティアン・フュルヒテゴット・ゲレルト (1769年没)
- アブラハム・ゴットロープ・ウェルナー (1817年没)