伝記
バゴアスは、紀元前4世紀のペルシア帝国の宮廷に仕えた宦官である。ダレイオス3世の宮廷人であり、のちにアレクサンドロス大王の宮廷にも仕えた。同名の別人である年長のバゴアスは、ダレイオス3世の暗殺を企てた人物で、ここで扱う宦官とは区別される。
出自ははっきりしない。有力で裕福な家が王位をめぐる争いで没落した家系の出ではないかと推測されるが、確かなことは分からない。いずれにしても家族と自由を奪われ、多くの宦官と同じく奴隷にされたと考えられている。ペルシアの王は後宮に多数の女性と宦官を置いており、美貌に加えて舞踊の腕前をもつ宦官は高い価値をもっていた。バゴアスもそのようにして王のもとに納められ、宮廷の儀礼や作法を学んだうえでダレイオス3世のお気に入りの一人になったとされる。ただし、先の時代の宦官のように政治家として経歴を築くことはなく、王への願い事を取り次ぐことが、ほぼ唯一の力だったという。
ガウガメラの戦いで敗れたダレイオス3世が逃れる途中、将軍たちに殺害されたとされる。バゴアスは将軍の一人ナバルザネスに連れ去られた。ナバルザネスはアレクサンドロスに赦しを求める際、バゴアスを贈り物として差し出したといわれる。バゴアスは王殺しの現場を見ていたので、ナバルザネスが直接には手を下していないことを示せる証人でもあったとされる。こうしてバゴアスはアレクサンドロスの側近となり、親密な関係にあったとも考えられている。
アレクサンドロスの宮廷でのふるまいについては、古代の著者の記述が分かれている。プルタルコスによれば、ゲドロシア砂漠を越えたのちの祝宴の踊り比べでバゴアスが勝ち、居合わせたマケドニア兵が拍手して、酔ったアレクサンドロスに口づけを求め、王はそれに応じたという。一方、一世紀のローマの歴史家クルティウス・ルフスは、花盛りの若さの宦官としてバゴアスを描いている。それによれば、ペルシアの総督オルクシネスが、バゴアスを女のように扱われる男だとして敬意を払わなかったため恨みを買い、キュロス大王の墓を荒らしたと訴えられて処刑された。オルクシネスは最期に、アジアでは女が支配したと聞いたが、宦官が王とは新しい、と嘆いたと伝えられる。ただしクルティウスの記述はアレクサンドロスに批判的で、この話の信頼性は議論されてきた。
後世では、メアリー・ルノーの小説『ペルシアの少年』が、バゴアスを語り手とする主人公として好意的に描いた。オリヴァー・ストーン監督の映画『アレクサンダー』にも登場し、踊りの場面が含まれている。
同じ年に亡くなった人物
- フィロタス (太守) (紀元前 360年(推定))
- シラニオン (紀元前360)
- コスのフィリタス (紀元前360)
- アンニケリス (紀元前360)
- カンパスペ (紀元前 360年(推定))
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