伝記
シラニオンは、紀元前4世紀のギリシアの肖像彫刻家のなかで最もよく知られた人物である。後期古典期の彫刻家で、リュシッポスと同時代にあたり、青銅像を得意とした。生涯はほとんど知られていない。大プリニウスは彼の盛期を第113回オリンピア紀、すなわち紀元前328年から325年ごろとしており、これはリュシッポスの盛期と同じ時期である。有名な師はおらず、弟子としてはゼウクシアデスが知られる。比例についての論考も著したが、ウィトルウィウスが言及するのみで失われた。
作品として古代の著者が挙げるのは、まず理想化された想像上の肖像である。英雄アキレウスの像は、のちにアレスを表すものに作り替えられた。アテナイのテセウス像はプルタルコスが触れている。瀕死のイオカステの青銅像では、顔に少量の銀を加えて、青銅が死にゆく者の様子に見えるようにしたとプルタルコスは述べている。詩人サッポーの像ははじめシラクサにあり、のちにウェレスによってローマへ持ち去られ、キケロが評した。詩人コリンナの像もコンスタンティノポリスで見られたという。サッポーは肖像の時代より前の6世紀の人物なので、厳密な肖像ではない。
同時代の人物の肖像も手がけた。プラトン像は、ペルシア人ミトリダテスがアカデメイアに奉献したもので、ディオゲネス・ラエルティオスが伝える銘文に、シラニオンの作とある。この像は20以上の複製で知られ、最良のものはミュンヘンのグリュプトテークにあり、プラトンの名が刻まれている。奉献の時期は不明だが、プラトンの死後だろうと一般に考えられている。ほかに「狂人」と呼ばれた彫刻家アポロドロスの像があり、大プリニウスは、そこに一人の人間ではなく怒りそのものを青銅で表したと述べた。パウサニアスはオリンピアにある彼の運動選手像3体にも触れ、ボクサーのエリスのサテュロスなどが含まれる。
アテナイの国立考古学博物館にあるボクサーの青銅頭部は、サテュロス像とみなされることが多い。鼻はつぶれ、耳は変形し、オリーブの冠をかぶっている。戦いに疲れ、年齢を感じさせる顔である。ただし、様式から年代が紀元前4世紀半ばとされ、サテュロスの勝利は紀元前332年と328年ごろと考えられるため、シラニオンの作とする説には異論がある。ナポリのヘルクラネウム出土のサッポーの青銅胸像や、コンピエーニュの小像などもシラニオンの作の複製とする説があるが、いずれも異論がある。
同じ年に亡くなった人物
- トレポレモス (将軍) (紀元前 360年(推定))
- スプリウス・カルウィリウス・マクシムス (紀元前 360年(推定))
- Marsyas of Pella (紀元前360)
- ネオプトレモス1世 (紀元前360年代没)
- ミュティレネのラオメドン (紀元前 360年(推定))
同じ地域に関係する人物
- プロクロス (485年没)
- Maria Polydouri (1930年没)
- ブルーノ・ブロイアー (1947年没)
- マノス・ハジダキス (1994年没)
- Diomidis Kyriakos (1869年没)