伝記
ジャアファル・アル=バルマキーは、アッバース朝の宰相ヤフヤー・イブン=ハーリドの次男で、第5代カリフ、ハールーン・アッ=ラシードに仕えた人物である。ジャアファル・イブン=ヤフヤーとも呼ばれ、生年は766年とも767年ともされ、没年は803年である。生地はメディナともバグダードともいわれる。父ヤフヤーや兄ファドルとともにカリフに仕え、父の後を継いで宰相の地位に就いた。
出身のバルマク家はペルシャ系の名門で、かつては仏教徒としてナヴァ・ヴィハーラ僧院を率いた家柄だったという。アッバース朝の成立以来、歴代の高官を輩出してきた。兄ファドルはハールーンの乳兄弟で、ハールーンの母ハイズラーンと、ファドルとジャアファルの母でもあるハールーンの乳母とは、非常に親しかったらしい。人柄は謹厳実直な兄とは異なり、闊達で洒脱、機知に富んでいたと伝えられる。ハールーンは後に、妹のアッバーサを彼に嫁がせたほどであった。ジャアファルは学問の保護者としても評判が高く、科学の庇護者として知られ、インドの科学をバグダードに紹介することに力を尽くした。また、751年のタラス河畔の戦いで得た唐の捕虜から製紙法の秘密が伝わっていたが、カリフを説得してバグダードに製紙工場を開かせたのも彼の功績とされる。ほかに、近隣のジュンディーシャープールの学院から学者を招いて、ギリシア語の著作のアラビア語訳を助けさせたともいわれる。
803年初頭のある日、ハールーンとジャアファルは共に狩に出かけ、夕方に帰還した。ふだんならジャアファルと楽しく会食するはずだったが、その日に限ってハールーンは一人にしてほしいと言い、ジャアファルと侍医たちを宿舎に帰らせた。しばらくして、首斬り役のマスルールを呼び、ジャアファルを連行するよう命じ、引き立てられてきた彼を斬首させた。遺体はバグダードのティグリス川にかかる船橋で十字架にくくりつけられ、3年間もさらされた。
父ヤフヤーと兄ファドルも投獄され、バルマク一門は財産を没収されたうえ、老若男女あわせて1200人もが虐殺されたという。その中には、ハールーンの妹でジャアファルの妻であるアッバーサも含まれていたとされる。ヤフヤーは投獄の2年後に獄死し、ファドルも3年後に死んだ。この凄惨な粛清の理由は明確でなく、バルマク家の勢力が強くなりすぎたためだともいわれる。多くの歴史家は汚職と公金の横領を理由に挙げるが、形式的な婚姻にすぎなかったジャアファルとアッバーサが実際の関係を結び、秘密の子をもうけたためだとする説もある。ただしこの説は、イブン・ハルドゥーンや現代の学者から疑問視されている。
ジャアファルは『千夜一夜物語』にしばしば登場し、教王ハールーン、太刀持ちマスルールとの3人組で、身分を隠してバグダードの街を微行する気さくな主従として描かれる。これは民衆の人気が高かったことをうかがわせる。バルマク家の悲劇もこの物語に記されている。のちの作品では、魔法使いの悪役の大臣ジャファーとして描かれることもあり、1992年のディズニー映画『アラジン』の悪役はその一例である。物語の中では「三つのリンゴ」で殺人事件の解決を命じられ、「アッタフの物語」では冒険者のように描かれるなど、主役級の役を務めることも多い。日本の漫画『マギ』にも、同名の若い将軍が登場し、シンドバッドが王を務める国シンドリアに仕える人物とされている。
同じ年に亡くなった人物
- エイレーネー (東ローマ女帝) (803年没)
- Al-Fudhayl bin 'Iyyadh (803年没)
- カルダム (803年)
同じ地域に関係する人物
- Maruf Karkhi (815年没)
- ムハンマド・バーキル・サドル (1980年没)
- アワド・ハマド・バンダル (2007年没)
- アルムクタディー・ビ・アムリ・アッラーフ (1094年没)
- サービト・イブン・クッラ (901年没)