HISTORICAL PERSON · 661年没

ラビード

アラブの詩人で、ムハンマドの教友。ナジド高地の出身で、若い頃は戦士として部族間の争いを詠んだ。のちイスラムに帰依し、詩の一つが『ムアッラカート』に収められ、ムハンマドが詩句を最も真実な言葉と評した。

生涯
661年没
死亡地
—
出生地
—
出典
世界地図
位置情報未登録

伝記

ラビード(アブー・アキール・ラビード・イブン・ラビーア・アル=アーミリー)は、560年ごろに生まれ661年ごろに没したとされるアラブの詩人である。ナジド高地の出身で、預言者ムハンマドの教友の一人に数えられる。

ラビードはハワージン族の一派であるバヌー・アーミル族に属した。若いころは勇敢な戦士として活動し、その詩は部族間の争いを主題とするものが多い。戦いを数多く詠み込む一方で、詩の才は外交にも役立ったという。ガッサーン朝に近い立場にありながら、当初はバヌー・アサド族に好意的だったラフム朝の王が彼らに敵対しないよう、うまく取りなしたと伝えられる。また、勇敢で気前がよく、一族を守る人物として描かれている。

のちに、病気の叔父に命じられて薬を求めにメディナのムハンマドのもとへ使いに出た。このとき、クルアーンの最も短い章であるアル=カウサルの一部に強く心を動かされたとされる。まもなくイスラームを受け入れ、彼の一族も629年ごろに改宗したという。改宗後は詩作をやめたようだともいわれる。ウマルがカリフであった時代にクーファに定住したと伝えられ、同地で100歳を超えて世を去ったとされる。ただし長寿の伝承は年代が定かでなく、記される年にも食い違いがある。

ラビードの気前のよさを示す逸話がある。東風が吹き始めたら、それが止むまで人々に食事を振る舞うと誓ったところ、クーファの総督アル=ワリード・イブン・ウクバが誓いを果たせるよう100頭のらくだを贈ったという。

ラビードの詩のひとつは、七つの長詩を集めたムアッラカートに収められている。そのなかで彼は、どの民にもそれぞれの掟と導き手があると詠み、部族を重んじる姿勢を示した。また、ある挽歌には、アッラー以外のすべては空しく、あらゆる幸福はやがて消え去る、という趣旨の句がある。ムハンマドはこの第一句について、詩人が語った最も真実な言葉はラビードの言葉であると述べ、アッラー以外のすべては滅びるものであると言ったと伝えられる。ブハーリーのハディース集にも収められている。詩のうち20編はウィーンで1880年に、さらに別の詩と断片はドイツ語訳とともにライデンで1892年に校訂刊行された。逸話は『歌の書』にも見える。

同じ年に亡くなった人物

同じ地域に関係する人物

該当人物はまだありません。