伝記
アイネシデモスは、古代ギリシアのピュロン派に属する哲学者である。生没年は明らかでなく、紀元前一世紀から紀元後一世紀ごろに活動したとされる。生地もクレタ島のクノッソスとも、アイガイともいわれる。アレクサンドリアで学問を教えたと伝わるが、その生涯について判明していることは少ない。かつてアカデメイアに属し、のちにその独断的な姿勢を批判して離れたらしい。新たなピュロン主義の創始者とみなされる一方、古い懐疑主義の流れに位置づける見方もあり、活動年代の不確かさがその位置づけにも関わっている。また、ヘラクレイトスの思想を支持したとの伝承もある。
著書は全八巻の『ピュロン語録』である。ピュロンの思想を論じたこの著作は、確実に知りうるものがあるとの主張を退け、断定を差し控えるべきだと説いた。キケロの友人で、同時代のアカデメイア派に属していたルキウス・トゥベロに献呈されたとされる。のちにコンスタンティノポリスのフォティオス一世が内容を要約し、一部を引用した。著作では、判断を中止するための十のトロポイ、すなわち様式を示したほか、因果関係をめぐる議論も扱った。十の様式がすべて本人の創案なのか、それ以前の議論を整理して体系化したものなのかは定かでない。
十の様式は、同じ対象についての感覚や知識が、さまざまな条件によって異なることを示すものである。まず、動物の種類が違えば、有益なものと有害なものも変わる。人間同士でも個人差があり、同じ人であっても感覚器官によって受け取る性質が異なる。リンゴならば、目には色、鼻には香り、舌には甘み、手にはなめらかさや重さとして現れる。人の感覚の違いの例として、アレクサンドロス大王の給仕デモフォンは、日陰で暖まり、日なたでは寒さに震えたとされた。また、病気か健康か、眠っているか目覚めているか、若いか老いているか、喜んでいるか悲しんでいるかによっても、経験される世界は変わる。このような差異を並べ、いずれか一つの感覚や状態だけを絶対の基準とすることに疑問を向けた。
さらに、対象を見る角度や距離、周囲の物質や状況、数量、ほかのものとの関係も問題となる。円を斜めから見れば楕円に、真横から見れば線のように見える。紫色は赤のそばと緑のそば、室内と日なたとで色合いを変え、石は水中と水の外で重さの感じが違う。酒も、適量ならば力を与えるが、過度に飲めば体を弱めるとされた。こうした例は、対象がそれ自体で常に同一の現れ方をするという考えを揺さぶるために用いられた。知覚する者の習慣や、社会ごとの風俗、法律の違いも、判断を左右する条件に含められた。死者の扱い一つをとっても、防腐処置を施す、焼く、土に葬るという異なる慣行が挙げられている。
これらの議論が目指すのは、相反する現れのどちらかをただちに真実と決めることをやめ、判断を中止することであった。セクストス・エンペイリコスは十の様式をアイネシデモスに帰し、『ピュロン主義哲学の概要』で詳しく述べた。ディオゲネス・ラエルティオスも、異なる順序でその内容を紹介している。また、後の懐疑主義者アグリッパはその影響を受け、十箇条を五箇条へとまとめたとされる。
同じ年に亡くなった人物
- ティトゥス・スタティルス・タウルス (紀元前26年の執政官) (紀元前 9年)
- 大ドルスス (紀元前9年没)
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