伝記
ジョレス・イヴァノヴィチ・アルフョーロフは、ヘテロ接合の物理学に多大な貢献を残したソ連およびロシアの物理学者である。1930年3月15日、白ロシア・ソビエト社会主義共和国のヴィーツェプスク(現ベラルーシ)に生まれた。父はイヴァン・カルポヴィチ、母はアンナ・ヴラジーミロヴナで、ロシア人とユダヤ人の家系を引く家庭だったとされる。
1952年、レニングラードのウリヤノフ記念電気工学研究所(現在のサンクトペテルブルク電気工学大学)の電子工学科を卒業した。翌1953年からソ連科学アカデミーのヨッフェ物理学技術研究所に職を得て、1961年に工学の学位候補、1970年に物理学・数学の博士号を、いずれもこの研究所で取得した。初めはウラジーミル・トゥチケヴィチが率いる研究グループで、ラジオ受信機に用いる平面型半導体増幅器、今日でいうトランジスタの研究に加わり、整流用のゲルマニウム・ダイオードの仕事にも関わった。
1960年代初めには、研究所で半導体ヘテロ構造を開発する取り組みを組織した。ヘテロ接合トランジスタは従来のホモ接合のものより高い周波数で使え、その能力は現代の携帯電話や衛星通信で重要な役割を果たしているという。ヒ化ガリウムとヒ化アルミニウムなどのヘテロ接合を研究し、とりわけ室温で発振する半導体レーザーの実現を目指した。1963年には二重ヘテロ構造レーザーを提案する特許を出願し、ハーバート・クレーマーも数か月後に米国で独立に特許を出願している。1966年に研究室はヘテロ構造によるレーザーを初めて作ったが、連続発振はしなかった。1968年には共同研究者とともに、室温で連続発振する半導体ヘテロ接合レーザーを初めて作った。これはベル研究所のイズオ・ハヤシとモートン・パニッシュが同種のレーザーを作る1か月前だったとされる。注入の性質の研究、レーザー、太陽電池、発光ダイオード、エピタキシャル成長の研究などの業績が、現代のヘテロ接合の物理学とエレクトロニクスの形成につながった。ノーベル賞を選ぶスウェーデン王立科学アカデミーのヘルマン・グリンメイスは、アルフョーロフがいなければ衛星からの情報を地上に送ることも、都市間に多くの電話回線を持つこともできなかっただろうと語っている。
学術組織では、1972年にソ連科学アカデミーの補助会員、1979年に正会員に選ばれた。1973年には電気工学研究所の光エレクトロニクス講座の主任となり、1988年にはカリーニン工科大学の物理技術学部長に就いた。1987年にはヨッフェ研究所の所長となり、2003年まで務めた。1989年からはロシア科学アカデミーの副総裁とサンクトペテルブルク科学センターのセンター長を兼ねた。このセンターはレニングラード地域の70の機関・企業・学会を束ねる組織である。次世代の科学者を育てるため、初等教育機関と研究機関との結びつきを重んじ、ピョートル大帝の構想を引き合いに出したと伝わる。
1990年代には政治にも関わり、1995年に共産党員としてロシア連邦議会の議員に選出されたとする資料と、1999年から下院議員を務めたとする資料がある。2000年、高速エレクトロニクスと光エレクトロニクスに用いる半導体ヘテロ構造の開発により、クレーマーとともにノーベル物理学賞を受けた。このほかスチュアート・バレンタイン・メダル、レーニン賞、ソビエト連邦国家賞、デミドフ賞、京都賞先端技術部門、国際光工学会ゴールドメダルなどを受けている。2019年3月1日、サンクトペテルブルクで88歳で亡くなった。
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