伝記
アブー・バクル・アル=バグダーディーは、1971年7月28日に生まれ、2019年10月26日に死去した、過激派組織イスラム国の指導者である。サラフィー・ジハード主義を掲げ、カリフを自称したが、イスラム社会を含め国際社会でこれを承認する動きはなかった。本名はイブラヒーム・アウワード・イブラヒーム・アリー・アル=バドリー・アッ=サーマッラーイーとされ、別名はアブー・ドゥアーという。
イラクのサーマッラーに生まれ、預言者ムハンマドの出身部族であるクライシュ族の血を引くブーバドリー族の出とされる。1994年から2004年までの10年間は、バグダード西部のトブチで貧しい生活を送っていた。バグダードのイスラーム大学でイスラーム学の学士、修士、博士の学位を得たとする記述が2013年にインターネット上で回覧されたが、取得したのは教育学の博士号だったという説もある。元イラク副大統領のターリク・アル=ハーシミーの得た情報では、2003年のイラク戦争のころはバアス党員として活動していたとされるが、モスクで聖職者をしていたとする説もある。デイリー・テレグラフは、10代のころは暴力や過激思想とは無縁の、内気な宗教学者だったと報じている。
2004年2月、アメリカに対する抵抗組織の設立にかかわった容疑で拘束され、収容された。収容中に過激な思想の影響を受け、のちのイスラム国の主要メンバーとの人脈を築いたとされる。同年12月に釈放されると、仲間とともにアブー・ムスアブ・アッ=ザルカーウィーの組織に加わった。ただしアメリカ陸軍の大佐は2009年まで収容されていたと証言しており、これを裏付ける記録はなく、記述には食い違いがある。2006年にはムジャーヒディーン諮問評議会に加わり、「イラク・イスラム国」で、指導者アブー・ウマル・アル=バグダーディーの下でアルカーイダ幹部との連絡役を務めたという。2010年にアブー・ウマルが殺害されると、5月16日に後を受けて指導者に就いた。
2011年にビン・ラーディンが殺害されると報復を宣言し、組織は相次いでテロを起こした。アメリカ国務省は10月4日、拘束につながる情報に1,000万ドルの報奨金を出すと発表した。2013年4月8日にはシリアのアル=ヌスラ戦線との合併を宣言し、組織名を「イラクとレバントのイスラム国」と改称した。アルカーイダのザワーヒリーが解散を命じたが従わず、シリアへの介入を進めたため、2014年2月にアルカーイダ側は無関係と発表して絶縁した。同年6月29日には、イラクとシリアにまたがる「イスラム国」の建国とカリフへの即位を宣言した。しかしこれを国家として承認する国はなく、中東諸国や神学者、歴史学者からは「国家樹立は無効」と批判された。
その後は空爆により負傷や死亡の報道が繰り返され、2014年11月には本人の音声メッセージで生存が確認された。2017年にはロシア軍が空爆で死亡した可能性を発表したが、アメリカの国防長官らは否定的であった。2019年4月29日には本人とされる映像が公表された。所在を隠すため各地を転々としていたが、2019年10月26日、アメリカ軍の特殊部隊がシリア北西部のイドリブ県で急襲作戦を行い、トンネル内に追い詰められて自爆ベストを爆破し、子供3人を巻き添えに死亡した。DNA検査で本人と確認され、トランプ大統領が翌27日に死亡を発表した。同月31日、イスラム国は後任のカリフが就任したと発表した。
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