HISTORICAL PERSON · 2018年没

リカルド・ジャコーニ

宇宙物理学者。1962年のロケット観測で初めて太陽系外のX線天体を発見し、X線天文学の先駆者となった。2002年にノーベル物理学賞を受賞した。

生涯
2018年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / サン・ディエゴ)
出生地
イタリア共和国(ジェノヴァ)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

リカルド・ジャコーニは、1931年10月6日にイタリアのジェノヴァで生まれたイタリア系アメリカ人の宇宙物理学者である。X線天文学の基礎を築いた一人とされる。幼いころにミラノに移り、ミラノ大学で学んで、ジュゼッペ・オッキアリーニの指導を受けて学位を取った。ミラノで宇宙線の研究に取り組んでいたが、1956年に、フルブライト奨学金でアメリカへ渡り、インディアナ大学でR・W・トムソン教授のもとで共同研究をした。のちにアメリカの市民権を得た。1958年にはプリンストン大学の研究にも加わり、1959年に、ブルーノ・ロッシが顧問を務める研究会社に入った。この会社は、国防省や航空宇宙局からの仕事を請け負っていた。

宇宙から来るX線は地球の大気に吸収されるため、X線天文学には、宇宙空間に置く望遠鏡が必要だった。ジャコーニは、この問題に取り組み、1950年代の末から1960年代の初めのロケットに載せる検出器から、1970年代の最初のX線天文衛星ウフルまで、観測装置の開発を進めた。1962年6月18日、ロケットを使った観測で、太陽系の外にある最初のX線天体、さそり座X-1の発見に成功した。X線は屈折率が小さいため、可視光や赤外線と同じ望遠鏡を作るのが難しかった。そこでジャコーニらは、放物面の鏡でX線を全反射させて集光する、X線を結像できる望遠鏡を開発した。1978年には、宇宙に打ち上げられた初めての完全な結像型X線望遠鏡、アインシュタイン天文衛星を実現させた。のちには、1999年に打ち上げられたチャンドラX線天文台にも関わった。

1973年からハーバード大学の教授を務め、1981年には、ハッブル宇宙望遠鏡の科学運用の拠点である宇宙望遠鏡科学研究所の、初めての常任の所長となり、1993年まで務めた。続いて1993年から1999年は欧州南天天文台の事務局長を務めて、超大型望遠鏡の建設を監督した。1999年から2004年はアソシエイテッド・ユニバーシティーズ社の社長として、アルマ望遠鏡の初期の運営にあたった。1982年からはジョンズ・ホプキンス大学の物理学・天文学の教授で、1998年以降は研究教授だった。2000年代には、チャンドラによる深宇宙観測の計画で、主任研究員を務めた。

1971年にアメリカ科学アカデミーの会員となり、1981年にブルース・メダルを、1982年に王立天文学会の金メダルを受け、ウルフ賞物理学部門も受賞した。2002年に「宇宙X線源の発見につながった天体物理学への先駆的な貢献」により、小柴昌俊、レイモンド・デイヴィス・ジュニアとともにノーベル物理学賞を受けた。2003年にはアメリカ国家科学賞を受け、小惑星3371番には、彼の名が付けられている。2018年12月9日、カリフォルニア州サンディエゴで、87歳で亡くなった。

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