伝記
ポール・スコフィールドは、本名をデイヴィッド・ポール・スコフィールドといい、1922年1月21日にイギリスのバーミンガム近郊のエッジバストンで生まれた俳優である。生後数週間で一家はサセックス州ハーストピアポイントに移り、父は同地の英国国教会系の学校の校長になった。父は国教会、母はローマ・カトリックで、母の信仰で洗礼を受けたため、日によって小さなプロテスタントだったり、敬虔なカトリックだったりしたと、のちに語っている。精神的な方向性の定まらなさは、いまも自分の中にあるとも述べた。
学校では劣等生だったが、12歳のときブライトンの学校に移ってシェイクスピアに出会い、毎年1本ずつ上演される劇だけを楽しみに生きていたと回想している。1939年、17歳で学校を離れ、クロイドン・レパートリー劇場で修業を始めた。第二次世界大戦が始まってまもなく陸軍の身体検査を受けたが、足の指が重なっていてブーツをはけないという理由で兵役に不適格とされ、深く恥じたという。1940年、ウェストミンスター劇場でアメリカの劇作家ユージン・オニールの作品に出て舞台に立ち、まもなくローレンス・オリヴィエと比べられるようになった。バーミンガムのレパートリー劇場を経て、ストラトフォードのシェイクスピア記念劇場に入り、1947年の『ペリクリーズ』の再演で主演した。
1948年には、まだ無名だったクレア・ブルームがオフィーリアを演じた同劇場で、ハムレットを務めた。この演技は絶賛され、「彼の世代のハムレット」と称された。批評家は、悲しみに折りたたまれた顔の哀感を忘れ難いとし、彼はデンマークという牢獄の囚人のようだと評した。この上演はハムレットを二人の俳優が交互に演じる珍しい形で、ブルームは後年、二人のどちらが衝撃的だったか決められないと、スコフィールドを「イギリス南部から来た魅力的で内気な青年」と回想している。1958年のミュージカルから1962年のピーター・ブルックによる『リア王』の舞台まで、幅広い役柄をこなした。
1962年、ニューヨークの舞台『わが命つきるとも』でトマス・モアを演じてトニー賞を受けた。4年後の1966年の映画化でも同じ役を演じ、アカデミー主演男優賞を受賞した。1969年のテレビ作品ではエミー賞も受け、俳優にとって最速の7年で、アカデミー賞、エミー賞、トニー賞の3つを制した。映画では『大列車作戦』(1964年)、『リア王』(1971年)、『ヘンリー五世』(1989年)、『ハムレット』(1990年)などに出た。『クイズ・ショウ』(1994年)で、マーク・ヴァン・ドーレンを演じてアカデミー助演男優賞にノミネートされ、『クルーシブル』(1996年)で英国アカデミー賞の助演男優賞を受賞した。1956年に大英帝国勲章のCBEを受けたが、ナイトの称号は1968年、1974年、1987年の3度とも辞退し、2001年に名誉勲位を受けた。2008年3月19日に死去した。
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