伝記
ジョン・ワーナー・バッカスは、1924年12月3日にペンシルベニア州フィラデルフィアで生まれ、デラウェア州ウィルミントンで育ったアメリカの計算機科学者である。初期の高水準プログラミング言語フォートランを生み出したチームを率い、プログラミング言語の文法を記述するバッカス・ナウア記法(BNF)を考案したことで知られる。ペンシルベニア州ポッツタウンのヒル・スクールで学んだが、まじめな学生とは言えなかった。化学を学ぶためにバージニア大学に入ったものの、授業にはついていけず、出席の悪さのために1年足らずで退学になった。その後、第二次世界大戦中に陸軍に召集され、最終的に伍長となり、ジョージア州のフォート・スチュアートに置かれた高射砲の部隊を指揮した。
軍の適性検査で高い成績を収めたため、陸軍からピッツバーグ大学に送られて工学を学び、のちにハバフォード大学の医学予科に移った。病院での実習の間に、頭蓋骨に腫瘍が見つかり、手術は成功したが、頭に金属の板を入れられた。その後、ニューヨークの医学校に進んだが、面白くなく、9か月で医学の道をあきらめた。後に、自分で設計した板に入れ替える二度目の手術を受け、1946年に名誉ある除隊を得た。ニューヨーク市に移ると、まずラジオ技術者としての訓練を受け始め、そのなかで数学に関心を抱き、向いていることに気づいた。コロンビア大学で数学を学び、1950年にIBMに入社した。最初の3年間は大型の計算機を使う仕事をして、最初の大きな仕事は、月の位置を計算するプログラムの作成だった。1953年には、プログラミング言語スピードコーディングを開発した。これはIBMの計算機で動く最初の高水準言語だった。
プログラミングが難しいことから、1954年にバッカスはチームを結成し、IBM704のためのフォートランの設計と開発に取り組んだ。世界初の高水準プログラミング言語ではないが、広く使われた世界初の高水準言語となった。1950年代後半には、アルゴル58を開発した国際委員会の一員としても働いた。アルゴルは、アルゴリズムを記述するときの世界的な標準となった。1959年には、国連教育科学文化機関への報告書の中でアルゴル58の言語仕様を記述するため、BNFを考案した。BNFは任意の文脈自由な形式言語の文法を記述でき、その後のプログラミング言語の開発に重要な役割を果たした。
バッカスは、その後FPという関数レベルのプログラミングに取り組んだ。1977年のチューリング賞の受賞講演「プログラミングは、フォン・ノイマン方式から解放されうるか」で、その考えを述べた。この講演は、フォートランを生み出したことへの謝罪と受け取られることもあり、FPそのものよりも、関数型プログラミング一般の研究を盛んにする結果になった。その後は、FPの後継であるFLの開発に力を注いだが、IBM内部のプロジェクトだったため、終了とともに開発も終わり、論文もわずかしか発表されなかった。1963年にIBMフェローとなり、1967年に電気電子学会のマクダウェル賞、1975年にアメリカ国家科学賞、1977年にチューリング賞、1993年にチャールズ・スターク・ドレイパー賞を受けた。1991年に引退し、2007年3月17日、オレゴン州アシュランドの自宅で亡くなった。2007年6月には、小惑星の一つに彼の名がつけられた。
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