HISTORICAL PERSON · 2004年没

ゴッドフリー・ハウンズフィールド

イギリスの電子技術者。コンピューターを用いたX線断層撮影の装置を開発し、現在のCT装置の原型を作って、1979年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞した。

生涯
2004年没
死亡地
イギリス連邦(キングストン・アポン・テムズ区 / キングストン アポン・テムズ)
出生地
イギリス連邦(サットン・オン・トレント)
出典
世界地図
イギリス連邦(キングストン・アポン・テムズ区)

伝記

ゴッドフリー・ニューボルド・ハウンスフィールドは、1919年8月28日に生まれ、2004年8月12日に没したイギリスの電子技術者である。コンピューターを用いたX線断層撮影技術の開発により、1979年に、アラン・コーマックとともにノーベル生理学・医学賞を受けた。生まれた土地は、ノッティンガムシャーのサットン・オン・トレントとも、ニューアークともいわれる。

きょうだいの末っ子で、数は四人とも五人ともされる。父トーマスは農場主で、母はブランシュ・ディルコックといった。少年時代は、農場にあった電気器具や機械に魅了され、11歳から18歳のころには、自分で作った電気式の録音機で遊んだり、手作りのグライダーで干し草置き場から飛び降りたり、水とアセチレンを入れたタールの樽がどれだけ高く噴射で飛ぶかを試して、あやうく命を落としかけたりした。ニューアークのマグナス・グラマー・スクールに通ったが、学業が得意なほうではなかったという。第二次世界大戦の直前に空軍の予備役の志願兵となり、電子工学とレーダーの基礎を学んで、レーダー整備員の教官を務めた。戦後は、ロンドンの電気工学の専門学校ファラデー・ハウスで学び、修了証を得た。

EMI社で働き始めた時期は、本人が自伝に1951年と書いたが、実際は1949年10月10日とされる。ここで誘導兵器とレーダーの研究に当たり、のちにコンピューターに関心を持つようになった。1958年には、イギリスで作られた初の、商用として手に入る全トランジスタ式のコンピューターの設計を率いたとされる。その後、断層撮影装置の研究に取り組んだ。

あるとき田舎を歩いていて、箱の中身を、物体のあらゆる角度からのX線の測定値によって調べられるのではないかと思いついた。そこで、さまざまな角度のX線の情報を受け取り、物体を「輪切り」の画像にするコンピューターの製作に取りかかった。当時、コーマックが同様の装置の理論的な数学を研究していたことを、ハウンスフィールドは知らなかったという。コーマックが1963年と1964年に発表した研究理論を元に、同僚とともに開発したともいわれる。頭部用の試作機を作り、まず保存された人の脳で、次に肉屋から得た新鮮な牛の脳で、のちに自分自身の脳で試した。1971年には、ロンドンのアトキンソン・モーレイ病院で、嚢胞のある患者の脳の撮影に成功し、翌1972年に発表した。1975年には全身用の装置を作り上げた。これが現在のCT装置の原型となり、人体の走査診断の技術は大きく進歩した。

1974年にヴィルヘルム・エクスナー・メダルを、1975年にガードナー国際賞とラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞を受け、同年、王立協会の会員にも選ばれた。1977年にハワード・N・ポッツ・メダルを受賞し、1979年にノーベル賞を受けた。1976年に大英帝国勲章のコマンダーとアメリカ功績アカデミーのゴールデン・プレート賞を、1981年にナイトの称号を受けた。1984年に退職したのちは、研究所の顧問を務めた。CT値の単位であるハウンスフィールド単位に名が残り、空気を-1000、水を0とする吸収率の相対値で定義されている。

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