伝記
ポール・ウィリアム・アンダースンは、1926年11月25日にアメリカのペンシルベニア州ブリストルで生まれた小説家・SF作家である。北欧系で、名のポウルは英語名のポールとは異なる綴りだった。生まれてまもなく一家はテキサス州へ移り、10年以上をそこで過ごした。父が亡くなると、未亡人となった母は子どもたちを連れてデンマークに帰国した。アメリカに戻ったのは第二次世界大戦が始まってからで、一家はミネソタ州の農場に落ち着いた。
ミネソタ大学で物理学を専攻し、1948年に卒業した。しかし物理学者にはならなかった。大学在学中の1947年に、雑誌『アスタウンディング』に「明日の子供たち」をF・ウォルドロップとの共作で発表し、作家としてデビューしていたからである。卒業後はフリーランスの書き手として働き始め、長編第1作『脳波』は1951年に出版された。1953年にカレン・クルーゼと結婚してサンフランシスコのベイエリアに移り、1954年に生まれた一人娘は、のちにSF作家グレッグ・ベアと結婚した。のちにバークレーにほど近いカリフォルニア州オリンダに家を建て、亡くなるまでそこで暮らした。
多作で、「はずれのない作家」と言われた。ハードSFの書き手として知られ、相対論的効果を正面から扱った『タウ・ゼロ』は評判を呼んだ。タイム・パトロールものの古典『タイム・パトロール』も有名で、作品の一部は「惑星間協調機関」シリーズという独自の未来史を形づくっていた。リアリティを高めるため、五感のうち常に三つ以上に言及するという独自の手法も持っていた。ファンタジーや歴史小説も書き、1960年代にはヒロイック・ファンタジー作家のグループの一員として、リン・カーターのアンソロジーにも作品が載った。1966年には、中世ヨーロッパの文化を研究・再現する団体の創設にも関わった。
ヒューゴー賞を7度、ネビュラ賞を3度受賞した。ヒューゴー賞は1961年の短編「長い旅路」、1964年の「王に対して休戦なし」、1969年の中編『肉の分かち合い』、1972年の『空気と闇の女王』、1973年の『トラジェディ』などで、1978年にはガンダルフ賞のグランドマスター賞、1997年にはアメリカSFファンタジー作家協会のグランド・マスター賞を受けた。この協会では1972年に第6代会長を務めている。『タウ・ゼロ』の邦訳は1993年に星雲賞を受け、2001年にはジョン・W・キャンベル記念賞も受けた。1985年にはプロメテウス賞の殿堂賞にも選ばれている。かつて英米のSF界では、クラーク、アシモフ、ブラッドベリ、ハインラインとともに「ビッグ5」と呼ばれた。ロバート・A・ハインラインの1985年の小説『ウロボロス・サークル』の献辞にある「ポウル」は、アンダースンのことである。
『天翔ける十字軍』『時の歩廊』『百万年の船』など多くが日本語にも訳されている。SF評論家の水鏡子は、『脳波』の文庫の解説として書いた「アンダーソン・ノート」で、彼を大作家ではないがアメリカSFの根幹をなす作家として論じた。また、フィリップ・K・ディックの『水蜘蛛計画』には、アンダースンが主要な登場人物として登場する。癌のため1か月間入院したのち、2001年7月31日に死去した。
同じ年に亡くなった人物
- 猪熊功 (2001年没)
- サラフディン・アブドゥル・アジズ (2001年没)
- インドロ・モンタネッリ (2001年没)
- エドウィン・ハリス・コルバート (2001年没)
- ウィリアム・P・ロジャーズ (2001年没)
同じ地域に関係する人物
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- アンディ・ディヴァイン (1977年没)
- アル・ジョルソン (1950年没)
- スタッフォード・レップ (1974年没)
- メアリー・ブラウン (1971年没)