伝記
アリーヤは、本名アリーヤ・ダナ・ホートンといい、1979年1月16日にアメリカ合衆国ニューヨークのブルックリンで生まれた歌手・女優である。名前は「最高の存在」を意味するとされる。両親はダイアナとマイケルで、父は倉庫業の仕事をしていた。兄ラシャドがいる。幼いころから母の勧めで歌のレッスンを受け、結婚式や教会の聖歌隊、慈善の催しで歌い始めた。5歳のときに一家はミシガン州デトロイトに移り、カトリック系の小学校に通った。1年生のとき、ミュージカル『アニー』で孤児の役を演じたことが、芸能の道を志すきっかけになったという。
母は歌手で、母の兄、つまり叔父のバリー・ハンカーソンは芸能分野を扱う弁護士で、歌手グラディス・ナイトの元夫であった。幼いアリーヤはナイトとともに旅をし、ニューヨークの代理人のもとでコマーシャルやテレビ番組のオーディションを受けた。9歳ごろから芸能活動を始めて、10歳のときには番組『スター・サーチ』に出演し、ナイトと同じ舞台にも立った。11歳のころにはラスベガスでのショーもこなしていた。12歳のとき、叔父が経営するブラックグラウンド・レコードと契約し、叔父の紹介でR・ケリーと出会う。1994年、わずか15歳で、ケリーが作詞作曲・制作の中心を担った『エイジ・エイント・ナッシング・バット・ア・ナンバー』でデビューした。このアルバムはアメリカで300万枚を売り、ダブル・プラチナに認定された。モニカやブランディなど十代の実力派R&Bの歌手が次々にデビューした時期で、彼女もその一人となった。ケリーとの間では、違法な結婚があったという疑惑が持ち上がったが、真相はわかっていない。結局、アリーヤは契約を打ち切り、別の会社と契約した。
1996年の2枚目のアルバム『ワン・イン・ア・ミリオン』では、ティンバランドやミッシー・エリオットと組み、新しい魅力を発揮した。このアルバムはアメリカで300万枚、世界で800万枚以上を売った。2000年には映画『ロミオ・マスト・ダイ』でヒロインを演じ、ジェット・リーと共演して、アクションの場面もこなし、スクリーン・デビューを果たした。同映画の主題歌「トライ・アゲイン」は、ビルボードのホット100で放送回数だけで1位になった史上初の歌手となる記録を打ち立て、2001年のグラミー賞にもノミネートされた。2001年には3枚目のアルバム『アリーヤ』を発表し、映画『マトリックス』の続編への出演も決まるなど、人気は絶頂にあった。
2001年8月25日、シングル「ロック・ザ・ボート」のビデオの撮影を終え、バハマ北部のマーシュ・ハーバーの空港から、フロリダへ向かう小型機に乗ったが、離陸の直後に墜落した。乗っていた9人全員が亡くなった。アリーヤは22歳であった。機体は重量を超過しており、操縦士の体からはコカインとアルコールが検出され、飛行の資格も十分ではなかったと報告されている。遺族は航空会社を訴え、裁判の外で和解した。遺体はニューヨーク州ハーツデールのファーンクリフ墓地に埋葬された。ビデオは同年10月に公開され、事故の後は、未発表曲を含む編集盤が出て、未発表曲の「ミス・ユー」が追悼曲として発売された。世界では2400万から3200万枚のアルバムを売ったとされる。
同じ年に亡くなった人物
- Otto Stuppacher (2001年没)
- マルワーン・アル=シェッヒー (2001年没)
- ジョン・ルイス (ジャズ演奏者) (2001年没)
- フレッド・ニール (2001年没)
- クリスチャン・バーナード (2001年没)
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