伝記
セレーナは、1971年4月16日にアメリカ合衆国テキサス州レイク・ジャクソンで生まれた、メキシコ系アメリカ人の歌手である。本名はセレーナ・キンタニーヤ=ペレスで、誕生名はセレーナ・キンタニーヤといった。父エイブラハム・キンタニーヤ・ジュニアは、メキシコ系の血を引く元音楽家で、母マーセラはメキシコ系アメリカ人であり、先祖にチェロキーやチカソーの血筋もあるとされる。末っ子として育ち、兄のA・B・キンタニーヤや姉のスゼットとともに、家族で音楽に親しんだ。父は、彼女が6歳のころには歌の才能に気づいていたといい、拍子も音程も完璧だったと雑誌に語っている。
1980年、父は勤め先を辞めてレイク・ジャクソンにメキシコ料理店を開き、セレーナは兄姉とともに店で演奏を始めた。9歳のときに、家族だけで結成したセレーナ・イ・ロス・ディノスのボーカルとして歌い始めたと伝えられる。しかし1年もたたないうちに石油価格の下落による不況のなかで店は破産し、一家は家を追われて、コーパスクリスティに移り住んだ。父がバンドを売り込んでマネージャーを務め、一家は路上や結婚式、祝祭の場など、さまざまな場で生演奏をして生計を立てた。人気が高まると、演奏の予定が学業の妨げとなり、父は彼女を中学の8年生で学校から退かせた。
12歳でアルバムデビューを果たした。1980年代には、男性中心の音楽とされたテハーノを歌うために、テキサスの会場で出演を断られることも多かったとされる。それでも1987年にテハーノ・ミュージック・アワードの最優秀女性ボーカリストに選ばれ、以後この賞を9回続けて受けた。1989年にEMIラテンと契約し、同年に初のアルバムを出した。兄は主要なプロデューサーと作曲者になった。1992年のアルバム『エントレ・ア・ミ・ムンド』は、アメリカのビルボード誌の地域メキシコ音楽のアルバムチャートで8か月続けて首位に立ち、代表曲「コモ・ラ・フロール」も生まれた。1992年にはバンドのメンバーだった人物と結婚し、セレーナ・キンタニーヤ=ペレスと名乗った。1994年には、ライブ盤でグラミー賞のメキシカン・アメリカン・アルバム賞を受け、テハーノの女性歌手として初の受賞になった。同年の『禁じられた愛』は、アメリカでも屈指の売り上げを記録したラテン音楽のアルバムとなり、「テハーノの女王」と呼ばれた。
1995年、ファンクラブの会長であり、セレーナ関連の店舗の元マネージャーでもあったヨランダ・サルディバルによる着服が発覚し、解雇した。3月31日、書類を受け取りに行った先で銃で撃たれ、出血多量で亡くなった。23歳だった。ヨランダは同年10月23日に終身刑の判決を受けた。遺作となった『眠れない夜』は、発売直後にビルボード200の首位に立ち、ラテンアメリカ出身の歌手として初めてこれを成し遂げた。当時のテキサス州知事ジョージ・W・ブッシュは、4月16日を「セレーナの日」と定めた。1997年にはジェニファー・ロペス主演の伝記映画『セレナ』が公開され、2020年にはネットフリックスがドラマも配信した。世界で約1,800万枚を売り上げたとされ、女優のセレーナ・ゴメスは彼女にちなんで名付けられた。
同じ年に亡くなった人物
- マッティ・ペロンパー (1995年没)
- ジェイムズ・ミード (1995年没)
- カール・ワーナー (1995年没)
- ピーター・タウンゼント (1995年没)
- ヴァーツラフ・ノイマン (1995年没)
同じ地域に関係する人物
- ヘンリー・ハーツフィールド (2014年没)
- Patricia Robertson (2001年没)
- ジョー・テックス (1982年没)
- ジョン・ボリス (1969年没)
- ジェイソン・デビッド・フランク (2022年没)