伝記
シーザー・ロメロは、本名をセサール・フリオ・ロメロ・ジュニアといい、1907年2月15日にニューヨークで生まれ、1994年1月1日に没したアメリカ合衆国の俳優である。ラテンアメリカ系で、ほぼ60年にわたり、映画、ラジオ、テレビで活躍した。ラテン系の色男、時代劇の歴史上の人物、軽い家庭喜劇の人物など、幅広い役を演じ、1960年代半ばのテレビシリーズで、ジョーカーを演じたことでも知られる。
父セサール・フリオ・ロメロ・シニアはバルセロナの生まれで、1888年にアメリカに移住し、輸出入の商人だった。母マリア・マンティーリャは声楽家で、キューバの国民的英雄ホセ・マルティの実の娘だと言われている。父のいとこには、無声映画のスターだったエマーソン・ロメロがいる。ニュージャージー州のブラッドリー・ビーチで育ち、地元の小学校や高校、私立の学校に通った。両親は砂糖輸入の事業を失い、1929年のウォール街の暴落でも損失を受けたため、ロメロはハリウッドでの収入で、大家族を養った。家族はのちに皆、西海岸に移り住んだ。自らを「マンハッタン育ちのラテン人」と呼び、生涯、家族の誰かと同居した。
映画『影なき男』(1934年)で、主演のウィリアム・パウエルとマーナ・ロイの相手に、悪役の脇役を演じ、1935年の『メトロポリタン』でデビューした。1930年代から1950年代まで、ラテン系の色男を、主に脇役として演じ、『スペイン狂想曲』では、マレーネ・ディートリッヒをめぐって争う二人の求婚者の一人を務めた。1939年から1941年にかけて、六本の西部劇で、シスコ・キッドを演じた。二十世紀フォックスの映画では、カルメン・ミランダやベティ・グレイブルを相手に、踊りと喜劇を演じた。『フロンティア・マーシャル』(1939年)では、ドク・ホリデイにあたる重要な役を得た。『ロッキーの春風』(1942年)や、『オーケストラの妻たち』(1942年)にも出演した。初期には、イタリアのギャング、インドの王子などの、小さな役が多かった。ジョン・フォード監督の『軍使』(1937年)では、反乱の指導者を演じ、『テンプルちゃんの小公女』(1939年)ではインド人の召使いを演じた。
『征服への道』(1947年)では、タイロン・パワーとともに主演を務め、スペインのアメリカ征服で知られるエルナン・コルテスを演じた。『オーシャンと十一人の仲間』(1960年)では、シナトラ一行の引き立て役として、喜劇的な役を演じた。数え切れないほどのテレビ番組にも出演し、1957年のコメディ番組にも顔を見せた。1942年10月に、アメリカ沿岸警備隊に入隊し、太平洋戦線で従軍して、テニアン島とサイパン島の上陸作戦にも参加し、上等兵曹にまで昇進した。
1966年から1968年まで、テレビシリーズで、ジョーカーを演じた。この役を演じた最初の俳優である。この役のために口髭を剃ることを拒んだ。日米合作映画『緯度0大作戦』(1969年)に出演した際は、監督の本多猪四郎が、その演技姿勢を絶賛したという。1994年1月1日、アメリカの自宅で、心筋梗塞のため急逝した。
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