伝記
エヴァ・ガードナーは、1922年12月24日に生まれ、1990年1月25日にロンドンで没したアメリカ合衆国の女優である。アメリカ映画協会が1999年6月に選出した「最も偉大なる女優50名」では第25位だった。「世界で最も美しい動物」と呼ばれ、ファム・ファタールの役柄の典型とされた。
ノースカロライナ州ジョンストン郡のグラブタウンで、貧しい農家の7人兄弟の末っ子として生まれた。両親は、タバコ農園を営む農民だった。母モリーはバプティスト派で、スコットランド系アイルランド人とイングランド人の混血、父ジョナスはカトリック派で、アイルランド系アメリカ人とタスカローラ族の混血だった。父は、彼女が16歳のときに亡くなった。貧しく勉強熱心な少女時代を過ごし、秘書の学校で速記とタイプを学んだ。ニューヨークの姉の家にはよく通った。姉の夫は写真家で、18歳の妹の美しさに感銘を受け、写真を何百枚も撮って、スタジオの窓に飾った。それをMGMの社員が見つけてスタジオに送るよう勧め、1941年に、週給50ドルの7年契約を結んでハリウッドへ移った。
強い南部訛りが災いして、何年も目立つヒット作がなく、女優としては低迷した。ピンナップの撮影が多く、端役で映画の仕事を覚えた。1942年から43年に出た14本の映画では、俳優として名前も出なかった。発音の教室で訛りを直し、演技も学んだ。身長が170センチメートル近くあり、顔立ちがエキゾチックなため、ブロンドの女優がもてはやされるハリウッドでは異色の存在だった。ジプシーや黒人の役が多かった。第二次世界大戦中の1942年に、人気俳優のミッキー・ルーニーと結婚して名を知られるようになったが、この結婚は1年半で終わった。大富豪のハワード・ヒューズは長年にわたり彼女を追い回したが、彼女は求婚をすべて断った。その後、ミュージシャンのアーティ・ショウと結婚したが、1年で離婚した。子を身ごもったが、所属会社の社長の「子持ちの女優はスターになれない」との一言で中絶し、夫に嘆かれたという。
MGMは1946年、ようやく彼女に機会を与え、バート・ランカスターと共演した『殺人者』が転機となった。1951年のミュージカル『ショウ・ボート』では、強烈な存在感を残して一気にブレイクした。その後、『モガンボ』『裸足の伯爵夫人』『渚にて』などの人気作に出演した。1951年11月にフランク・シナトラと結婚したが、交際のころからスキャンダルとなった。シナトラの妻が離婚を承諾しなかったため、いらだった彼女が前夫のショウに会うと、それに怒ったシナトラが、電話で話している最中に、彼女に聞こえるように壁に向けてピストルを撃つ事件も起こした。1953年に『地上より永遠に』でシナトラの人気が復活すると、再発した浮気癖のために、1957年に離婚した。1960年代以降は流行が変わって人気が衰えたが、『北京の55日』や『天地創造』などの大作に出演した。しだいに国外の作品に多く出るようになり、スペインに居を移し、1968年以来住んだロンドンの自宅で、肺炎のため死去した。1954年11月28日には来日している。
同じ年に亡くなった人物
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同じ地域に関係する人物
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