伝記
カンプサダのトリュフォンは、3世紀のキリスト教の聖人である。綴りは複数あり、カトリック教会と東方正教会で、大殉教者・無報酬の医師として崇敬されている。250年ごろに没したとされる。
フリギア(現在のトルコ)のカンプサダに生まれ、少年のころはガチョウの世話をしていた。名はギリシア語で「柔らかさ、優美」を意味するトリュフェに由来する。とくに動物の治療者として名高くなり、無報酬の医師の一人に数えられて、農場でとりわけ祈願される存在となった。
デキウス帝の迫害のさなか、250年ごろにニカイアへ連行され、ひどい拷問を受けた。総督リキウスを改宗させたのち、剣で斬首されたという。その生涯の伝えには、荒唐無稽な物語も織り込まれている。遺骨は最初に故郷のカンプサダに葬られ、のちにコンスタンティノープルへ、さらにローマへ移された。頭部はモンテネグロのコトルの大聖堂に納められ、一部の遺骨はアメリカ合衆国イリノイ州スプリングフィールドの聖アントニオス・ギリシア正教会の聖所にも安置されている。
東方正教会では厚く崇敬され、庭師やぶどう栽培者の守護聖人でもある。セルビア、北マケドニア、ブルガリアではぶどう栽培者が祝い、この祝祭はぶどうの生育を促す豊穣の儀礼で、人の不妊も治るとされる。多くのギリシア人も、毎年この日に独自の習慣を続けている。ロシアでは鳥の守護者として崇敬され、聖像画では奇跡にちなんでハヤブサを手にした姿で描かれることが多い。ネズミやイナゴの害に対する祈りも彼に帰されている。モスクワの狩人たちが伝統的に崇敬したため、コチョウゲンボウを手にした姿でも描かれる。多くの教会が彼にささげられ、東ローマ皇帝レオン6世(912年没)は彼をたたえる演説を行った。コトルの守護聖人であり、モスクワの守護聖人の一人である。
ラテン教会では11月10日が、トリュフォンと、ほとんど何も知られていないレスピキウス、ニンファの祝日とされてきた。1005年ごろ、フルーリのテオドリクスが、先行する伝説に基づいてトリュフォンの記録を書き、そこでレスピキウスが彼の同行者として現れる。二人の遺骨は、ニンファという聖なる処女の遺骨とともに、ローマのサッシアの聖霊病院に保管された。その病院の教会は枢機卿の称号教会で、遺骨とともに1566年に教皇ピウス5世により聖アウグスティヌス教会へ移された。現在、トリュフォンはローマ殉教録に載っているが、レスピキウスとニンファは外されている。
同じ年に亡くなった人物
- アンモニオス・サッカス (250年(推定))
- 龍樹 (250年)
- パリのディオニュシウス (250年没)
- Aristides Quintilianus (250年没)
- ケンソリヌス (250年没)
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