伝記
ジョン・ハワード・ノースロップは、1891年7月5日、ニューヨーク州ヨンカーズで生まれたアメリカの生化学者である。父ジョン・イザイアはコロンビア大学で教えた動物学者で、母アリス・リッチはハンター・カレッジの植物学の教師だった。父は、ジョンが生まれる2週間前に、実験室の爆発事故で亡くなっている。ヨンカーズ高校を経て、コロンビア大学に進み、1912年に学士号を、1915年に化学の博士号を取得した。1916年から、ニューヨークのロックフェラー医学研究所に勤め、1961年に退職するまで在籍した。1917年にルイーズ・ウォーカーと結婚し、息子のジョンと娘のアリスをもうけた。のちに、娘アリスはノーベル賞を受けたフレデリック・ロビンズと結婚した。
第一次世界大戦では、アメリカ陸軍の化学戦部隊で、発酵によってアセトンとエタノールを製造する研究を行った。この研究がきっかけで、酵素を研究するようになった。胃の消化酵素ペプシンの単離と結晶化に成功し、それがタンパク質であると同定した。その年は1919年とも1929年ともいわれる。この業績で、1934年に米国科学アカデミーの会員に選ばれた。1938年には、バクテリオファージを世界で初めて結晶化することに成功し、それが核酸とタンパク質の混合物であることを示した。ペプシノーゲン、トリプシン、キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼの結晶化と単離も成し遂げた。酵素を調べるには、不純物のない純粋な物質を取り出す必要があり、構造を知るためには、結晶をX線回折で調べる必要がある。そのため、彼の研究は酵素の構造の解明に大きく貢献した。
1939年の著書『結晶酵素』により、米国科学アカデミーからダニエル・ジロー・エリオット・メダルを受けた。1946年には、ジェームズ・サムナー、ウェンデル・スタンレーとともに、ノーベル化学賞を受賞した。酵素やウイルスのタンパク質の単離、結晶化と研究が評価されたものである。1949年にカリフォルニア大学バークレー校の教授となり、細菌学を担当して、のちに生物物理学の教授にもなった。同じ1949年に、アメリカ芸術科学アカデミーのフェローに選ばれた。1987年5月27日、アリゾナ州ウィッケンバーグで亡くなった。自ら命を絶ったとされる。
同じ年に亡くなった人物
- ゲオルク・ウィッティヒ (1987年没)
- ジャッキー・フィールズ (1987年没)
- ファフリ・コルテュルク (1987年没)
- ハワード・マギー (1987年没)
- R・バド・ドワイヤー (1987年没)
同じ地域に関係する人物
- ジョーゼフ・アレン・ハイネック (1986年没)
- ウィリアム・リグレー・ジュニア (1932年没)
- ジェームズ・グレゴリー (俳優) (2002年没)
- マイケル・トロイ (2019年没)
- ウェイロン・ジェニングス (2002年没)