伝記
オルシッポスは、古代ギリシアの都市メガラ出身の競走選手であり、軍の指揮官でもあった人物である。紀元前720年の第15回オリンピア競技会で、1スタディオンの距離を走る競走である「スタディオン走」に優勝した。生年は伝わっていない。
オルシッポスの名を後世に残したのは、裸で走った最初のギリシア人とされる伝承である。パウサニアスの記述にもとづく話では、走っている最中に腰布が落ち、そのまま裸で決勝線に入ったという。優勝者は神々に恵まれた者と考えられていたため、神々は裸の走者を選んだのだと受け止められ、ほかの選手たちも裸で走るようになったと語られる。腰布が自然に落ちたのではなく、走りの妨げにならないように本人が自分で脱ぎ捨てたとする説もあり、動きを妨げるものを避けるという実用的な理由から選手たちが倣ったとも説明される。
一方で、裸の競技を最初に始めたのはスパルタのアカントスだったとする説もある。アカントスは同じ大会で長距離走などに勝った人物とされ、オルシッポスではなくこちらが先に裸で走ったと説く者もいる。さらに別の伝承では、オルシッポスはスパルタ人で、紀元前724年か紀元前652年に走ったとされる。この伝承では本人は裸で走らなかったが、その習慣の発端となった。アテナイでの競走中に腰布を失い、足に絡まって転び、その転倒で命を落としたというのである。
オルシッポスは競技者としてだけでなく、軍事面でも名を残した。メガラの軍事指揮官であるポレマルコスに選ばれ、パウサニアスによれば、隣国コリントスに奪われていた領土の一部を取り戻したという。当時のメガラはコリントスから独立して間もない時期であった。この戦いでは自ら軍を率いて成功を収め、祖国から大きな敬意を集めたと伝えられる。
死後には、デルフォイの神託に従ってメガラの人々が像を建て、その台座に彫られた墓碑銘が功績を記念した。この碑文の作者はシモニデスとされる。現存するローマ時代の碑文は、おそらくより古い碑文を写したもので、オリンピア競技会での勝利と、敵に多くの土地を奪われた祖国の領土を広げたことを述べている。墓はメガラの中央広場にあったとされ、紀元前6〜5世紀にはその上に壮麗な記念碑が築かれたという。また、エリス出身のコロイボスの墓の近くに葬られたとも伝えられる。
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