HISTORICAL PERSON · 1975年没

エドワード・ローリー・タータム

アメリカの遺伝学者。アカパンカビの実験でビードルと一遺伝子一酵素説を導き、1958年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。大腸菌の接合による遺伝情報の交換も示した。

生涯
1975年没
死亡地
アメリカ合衆国(ニューヨーク州 / ニューヨーク)
出生地
アメリカ合衆国(ボルダー)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(ニューヨーク州)

伝記

エドワード・ローリー・タータムは、1909年12月14日にアメリカ合衆国のコロラド州ボルダーで生まれ、1975年11月5日にニューヨークで没した遺伝学者である。代謝過程に対する遺伝子の調節を研究し、1958年にジョージ・ウェルズ・ビードルとともにノーベル生理学・医学賞を受けた。同じ年の賞には、ジョシュア・レダーバーグも名を連ねている。

父アーサー・L・タータムは化学の教授で、1925年にはウィスコンシン大学マディソン校の薬理学教授となっていた。タータムはシカゴ大学に2年間通って化学、生物学、微生物学を学んだのち、ウィスコンシン大学マディソン校に移り、1931年に学士号、1934年に博士号を得た。博士論文の題は「微生物の生化学に関する研究」であった。その後はオランダのユトレヒトに渡り、細菌化学に関する奨学金を得て研究を続けたとされる。

1937年、スタンフォード大学の生物科学部門に迎えられ、ここでビードルとの共同研究が始まった。二人はアカパンカビを材料に、X線を当てて突然変異を起こさせる実験を行った。狙いは、特定の化合物を合成できない変異体をつくることであり、そうした変異体は、不足した化合物を培地に加えたときにだけ生き延びた。いくつもの実験を重ねた結果、突然変異は代謝経路に関わる特定の酵素に変化を生じさせていることが示された。1941年に発表されたこの成果から、二人は遺伝子と酵素反応が直接結びついていると考え、「一遺伝子一酵素説」として知られる仮説を唱えた。遺伝子は酵素をつくるアミノ酸の並び方の情報を持つという考え方であり、のちに酵素だけでなくタンパク質全般に広げられ、一遺伝子一タンパク質と言い換えられた。この研究は、遺伝子の働きを調べる原型となり、代謝経路の突然変異を解析する新しい実験方法にもなったと評される。

1945年にはイェール大学へ移り、学生のレダーバーグらを指導した。タータムは微生物の遺伝子の研究に進み、大腸菌のトリプトファン生合成の仕組みを調べた。やがてタータムとレダーバーグは、大腸菌が接合を通じて遺伝情報を交換できることを示した。1948年にスタンフォード大学へ戻り、1957年にはロックフェラー研究所の教授陣に加わった。1953年にはレムセン賞を受けている。ほかに、1952年にアメリカ科学アカデミーの会員となり、1957年にアメリカ哲学協会、1959年にアメリカ芸術科学アカデミーの会員にもなった。

晩年までロックフェラー研究所にとどまり、1975年11月5日にニューヨークで亡くなった。ヘビースモーカーで、死因は心不全と慢性肺気腫の合併症であった。最後の妻エルシー・ベルグランドは、1998年に世を去った。

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