伝記
マーガレット・テイラー・ラザフォードは1892年、ロンドン南部のバラムに生まれた。父は詩人で、父方の祖父を殺害した後、自らも喉を切ったが生き延び、精神病院に収容された。母はラザフォードが三歳の時に自殺し、彼女は叔母ベッシーに引き取られてウィンブルドンで育った。幼い頃には、父は悲しみのために亡くなったと聞かされていたが、十二歳の時に、父が1903年に再び病院に収容され、1921年に亡くなるまでそこにいたことを知った。両親の病状を知った後、自分も同じ病に苦しむのではないかという不安を抱え、うつや不安の発作を経験したとされる。ウィンブルドンの学校を経て、十三歳から寄宿学校に通い、そこで演劇に関心を持ってアマチュア劇に出演した。
学校を出た後、叔母の支援で個人の演技指導を受けた。叔母の遺産によってオールド・ヴィックの演劇学校に入ることもできた。ピアノが得意だったラザフォードは、ピアノの教師や発声法の教師として働きながら、舞台俳優を目指した。初舞台は1925年、三十三歳の時のオールド・ヴィックであった。1933年にはロンドンのウエスト・エンドに初出演した。体格や顔立ちから恋愛劇のヒロイン役には向かず、舞台では喜劇の役を多く演じたが、批評家から実力が認められるまでには時間がかかった。1939年、ジョン・ギールグッド演出の『真面目が肝心』でプリズム先生を演じ、評価を得た。1940年には『レベッカ』のダンヴァース夫人役、翌年にはノエル・カワード作の『陽気な幽霊』の霊媒マダム・アーカティ役を務めた。この霊媒役は、カワードがラザフォードを念頭に置いていた役だった。
映画への初出演は1936年で、第二次世界大戦後には舞台のほか映画でも広く知られるようになった。『陽気な幽霊』や『真面目が肝心』の映画化に出演し、ピーター・セラーズらが主演するコメディ映画にも多く出演した。1948年には『真面目が肝心』の舞台公演の一員として特別トニー賞を受けた。1962年に出版されたアガサ・クリスティの小説『鏡は横にひび割れて』は、ラザフォードへの献辞から始まる。彼女はクリスティのミス・マープルを演じる映画シリーズにも出演し、ジョージ・ポロック監督の四作品で主役を務めた。1963年の映画『予期せぬ出来事』ではブライトン公爵夫人を演じ、翌年、アカデミー助演女優賞とゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞した。1961年に大英帝国勲章を受け、1967年にはデイム・コマンダーに叙せられた。
舞台では喜劇だけでなく古典劇にも幅広く出演した。1946年には『真面目が肝心』で再びプリズム先生を演じ、ニューヨーク公演ではレディ・ブラックネル役を務めた。1948年には『人生最良の日々』で威圧的な校長を演じた。1950年の『月をめぐる輪』、1953年と1956年の『世の習い』、1962年の『悪口学校』にも出演した。最後の舞台出演は1966年のヘイマーケット劇場で演じた『ライバルズ』のマラプロップ夫人役で、ラルフ・リチャードソンと共演した。舞台と映画の両方で、遅い時期に始まった俳優人生を長く続け、1972年5月22日に死去した。
同じ年に亡くなった人物
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- ジュリアン・スチュワード (1972年没)
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- パウル・ツィンナー (1972年没)
- アーノルド・ジャクソン (1972年没)
同じ地域に関係する人物
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- ジョン・モーティマー (2009年没)
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