HISTORICAL PERSON · 1957年没

ドロシー・L・セイヤーズ

英国の作家・翻訳家。貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿シリーズの推理小説で最もよく知られ、ディテクションクラブの三代会長を務めた。

生涯
1957年没
死亡地
イギリス連邦(エセックス / ウィタム)
出生地
イギリス連邦(オックスフォード)
出典
世界地図
イギリス連邦(エセックス)

伝記

ドロシー・L・セイヤーズは、1893年6月13日にオックスフォードで生まれ、ウィッタムで没した英国の作家・翻訳家である。現代言語学や古典言語学にも通じ、キリスト教人道主義者でもあった。名のLの文字には常にこだわったという。父ヘンリーは文学修士で牧師であり、当時はオックスフォード大学クライストチャーチ付きの牧師兼聖歌隊学校の校長だった。彼女はオックスフォードのサマーヴィル校で学び、現代言語学で一等を取った。当時の女性には学位が授与されなかったが、数年後に女性にも授与できるようになり、女性で最初に学位を得た人々の一人になった。卒業後は教師として働き、のちにロンドンの広告会社にコピーライターとして勤めた。この広告業界での経験は、のちに推理小説『殺人は広告する』に生かされることになる。

自分の居場所を探して苦闘していた彼女が、処女小説の筋立てをまとめたのは1921年のことと思われ、1月22日付の手紙にその構想が見える。これが『誰の死体?』として結実した。「あっ、しまった」と毒づきながら推理小説界に飛び込んだ貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿は、十一冊の長編と二冊の短編集に登場して読者に親しまれ、ほかに未完の未発表作が一つある。セイヤーズは卿を、フレッド・アステアとバーティー・ウースターの混合だと語ったことがあるという。ウィムジイが次男で資産のある貴族とされたのは、探偵が自由に動けるようにするためで、戦場で撃たれて壕に埋まった経験から神経を病み、責任を恐れる人物として描かれた。批評家の都筑道夫は、作家自身が金に困っていたので探偵には良い暮らしをさせたかったのだろうと解説している。

推理小説の創作に疲れた頃、彼女は推理作家でアマチュア探偵のハリエット・ヴェインを『毒を食らわば』に登場させた。ヴェインはオックスフォードを卒業した当時としては稀な高学歴の女性で、愛人を毒殺した容疑で逮捕されるが、一目惚れしたウィムジイが冤罪を確信して救う。以後、ことあるごとに求婚を繰り返すが、ヴェインは結婚に踏み切れない。セイヤーズは、ハリエットを生んだのは卿を華燭の儀とともに退場させるためだったと何度も述べた。しかし第十作『学寮祭の夜』を書く過程で二人に命を吹き込むことに成功し、「ピーター卿の次のステージが見えた」と語っている。葡萄酒売りのモンターニュ・エッグが謎を解く短編のシリーズも書いた。

後半生は神の働きに向かった。ダンテの『神曲』の翻訳こそ自分の最高傑作だと考え、宗教的な随筆や劇も書き、なかでも『王となるべく生まれた人』が最もよく知られる。宗教作品が英国国教会の立場をよく表していたため、カンタベリー大主教は1943年に神学の名誉博士号を贈ろうとしたが、彼女は丁重に断った。1950年にはダラム大学から文学の名誉博士号を受けている。随筆「学びの失われた道具」は、アメリカのいくつかの学校で古典教育の教材に用いられた。C・S・ルイスとその周辺の人々とも親しく、ルイスは復活祭には必ず『王となるべく生まれた人』を読むが、推理小説は楽しみかねると述べたという。1957年12月17日、ウィッタムで亡くなった。日本では東京創元社が創元推理文庫でピーター卿の長編を刊行し、2020年2月に全作が出そろった。作品の反ユダヤ的な要素には議論がある。

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