HISTORICAL PERSON · 1940年没

ロバート・ワドロー

アメリカ人男性。医学的な記録が確かな中で最も身長の高い人間としてギネス世界記録に認定され、死亡時の身長は272cm。原因は脳下垂体腫瘍だった。

生涯
1940年没
死亡地
アメリカ合衆国(ミシガン州 / マニスティー)
出生地
アメリカ合衆国(アルトン)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(ミシガン州)

伝記

ロバート・パーシング・ワドローは、1918年2月22日に生まれ、1940年7月15日に没した男性で、「疑う余地のない医学的な記録がある中で、最も身長の高い人間」としてギネス世界記録に認定されている。死亡時の身長は272センチメートルという前例のないもので、体重は約200キログラムであった。成人後も死ぬまで身長が伸び続けたのは、脳下垂体の腫瘍のためであった。

アメリカ合衆国イリノイ州のオールトンで、5人きょうだいの一番上として生まれた。出生時の体重は3.8キログラムで、身長は正常であった。2歳までは平均的な身長で、伸びに異常はなかったが、2歳でヘルニアの手術を受けてから、急速に成長していった。4歳で160センチメートルを超え、7歳の時には父親を超える183センチメートルになった。10歳で198センチメートル、100キログラムに達し、13歳で224センチメートルとなって、「イリノイ州で一番身長の高いボーイスカウト」になった。出生以来、平均して年に10センチメートルずつ伸びた計算になる。靴のサイズはアメリカの規格で25だった。

16歳で240センチメートル、166キログラム、18歳で254センチメートルとなり、靴は特別なものが必要だったが、全国を回ってメーカーを宣伝する代わりに、無料で作ってもらえた。1936年に地元の高校を卒業し、法律を勉強しようと大学に入学した。1937年には、人類の身長の記録を書きかえた。21回目の誕生日には、最大の体重である233キログラムを記録した。

この体格は、ワドローにとって次第に負担となっていった。歩行には副木が必要で、脚や足の感覚は弱くなっていた。インフルエンザにも悩まされ、幾度か入院した。死の18日前の1940年6月27日、セントルイスのワシントン大学の医師たちが測定し、272センチメートルと記録した。死の床にあっても身長の伸びは止まっておらず、納棺前の測定では274センチメートルを記録した。これは死後の測定という理由で、非公式記録とされている。「あと1年生きていれば、人間の身長の限界といわれる9フィートを超えただろう」と言われる。

生前のワドローは、アメリカの有名人の一人で、1936年のサーカスの巡業や、1938年の靴メーカーのプロモーションで知られた。さまざまな巡業を受け入れて人前に出た。1940年7月、森林祭にプロとして出演している間に、副木の具合が悪くなって膝をこすり、そこから炎症を起こして酷い感染となり、入院した。輸血と緊急手術が行われたが効果はなく、7月15日、敗血症により意識不明のまま亡くなった。19日の葬儀には数万人の弔問客が訪れた。棺は500キログラムにもなり、長さ3メートル30センチメートルで、運ぶのに20人がかりを要した。納骨室は頑丈なコンクリート製で、家族は遺体が荒らされないよう長く注意を払ったと言われる。

性格は非常に温厚で、誰からも愛された。長身を疑った野次馬に足を何度も小突かれたときのほかは、人前で怒ったことがなかったという。4人の弟妹と喧嘩をしたことも一度もなかった。患った巨人症は、脳下垂体の腫瘍で成長ホルモンが過剰に分泌されたものである。1985年に等身大のブロンズ像が南イリノイ大学エドワーズビル校の歯学部に建てられ、「優しい巨人」として慕われている。

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