HISTORICAL PERSON · 1938年没

シャルル・エドゥアール・ギヨーム

フランス系スイス人の物理学者。温度変化に強い合金インバーやエリンバーを発明し、1920年にノーベル物理学賞を受賞した。

生涯
1938年没
死亡地
フランス共和国(オー=ド=セーヌ県 / セーヴル)
出生地
スイス連邦(フルーリエ)
出典
世界地図
フランス共和国(オー=ド=セーヌ県)

伝記

シャルル・エドゥアール・ギヨームは、1861年2月15日にスイスのヌーシャテル州フルリエで生まれ、1938年6月13日にパリ近郊のセーヴルで没したフランス系スイス人の物理学者である。1920年に「インバー合金の発見とそれによる精密測定の開発」によりノーベル物理学賞を受賞した。

祖父はフランス革命の時にロンドンへ亡命して時計製造を始めた家系の人で、父の代にフルリエへ移住した。父エドゥアールは時計職人で、母はマリアンヌ・エミリー・ルベという。ヌーシャテルのギムナジウムとアカデミーで学び、在学中にはスイス学生協会ツォフィンゲンに入った。1878年にチューリッヒの連邦工科大学へ入学し、物理学と数学の素養を身に付けた。1883年にチューリッヒ大学から博士号を授与されると、パリの国際度量衡局に職を得た。1889年までは助手を、1901年までは補佐官を務め、同年から副局長となり、1915年から1936年まで局長を務めた。

メートル原器に使う材料の研究の中で、鉄とニッケルの特定の合金が、熱膨張率が非常に小さいことを発見した。1897年には、室温付近の温度変化に対して体積膨張の小さいインバーを、1899年には時計のギヨームテンプを発明し、1913年には弾性係数の変化の少ないエリンバーを発明した。これらの合金は、計量学や時計製造をはじめ、様々な分野で重要な意味を持った。熱膨張がなぜ小さいのかを理論的に追究した研究は、彼を結晶学の先駆者の一人にしたとされ、ノーベル賞の受賞につながった。この発見の影響は大きく、メートル原器を広い温度範囲で使えるようにし、時計の精度を高めた。電球や真空管のガラスが、導線の膨張で割れる問題の解決にも役立ち、色つきテレビの金属格子や、液化天然ガスを運ぶタンカーにも利用されている。

温度測定の研究も進めた。宇宙空間の温度について、数ケルビン程度という値を早い時期に示した一人でもあり、その値は、現在の理論で測られる宇宙背景放射の温度にかなり近い。科学的な観測のために、気球に乗って上昇することも何度か行った。著書に『温度測定の研究』(1886年)、『温度測定論』(1889年)、『単位と原器』(1894年)、『物質の生命』(1899年)などがある。1913年にはフランス物理学会の会長を務め、1900年にパリで開かれた国際物理学会議の報告集の編集にも、アンリ・ポアンカレとともに当たった。フランス学士院やロシア科学アカデミーの通信会員、スウェーデン王立科学アカデミーの会員にも選ばれ、常設の航空委員会の会長も務めた。

ジュネーヴ大学、ヌーシャテル大学、パリ大学から名誉博士号を贈られ、レジオン・ドヌール勲章のオフィシエを受けた。1936年にはラ・ショー=ド=フォンの名誉市民となり、墓は本人の望みにより、故郷フルリエにある。死後の1945年に、彼をたたえて、有望な若い研究者を支援する財団がラ・ショー=ド=フォンに設けられた。1979年には国際天文学連合が、月のクレーターに彼の名を付け、1980年にはスウェーデンで、ノーベル賞受賞者の連作として彼の肖像の切手が発行された。

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