伝記
モーリス・バレスは、1862年8月19日に、ロレーヌ地方のヴォージュ県に生まれたフランスの小説家、ジャーナリスト、社会主義者、政治家である。ナショナリズムや反ユダヤ主義的な視点による政治的発言でも知られ、フランスにおけるファシズムの思想形成に大きな役割を果たしたとされる。8歳のときにプロイセンによる占領を経験したことが、ナショナリズムの思想家としての原点だった。ナンシー大学の法学部に入学したが、1883年にパリ大学に移った。作風は、「ロレーヌの魂」を自我のなかに再確認し、「土地と血」の連帯を唱えるものだった。
小説『蛮族の眼の下で』(1888年)で一躍文名を高め、1889年にナンシー地域から下院議員に選出された。任期は1889年から1893年までと、1906年から1923年までである。1894年のドレフュス事件では、フランスの統一を優先する立場から、エミール・ゾラらと対立した。政教分離にはこれに反対するカトリック派を支持し、ジャン・ジョレスやアリスティード・ブリアンらと激しく対立した(1905年に政教分離法が成立)。1906年にアカデミー・フランセーズの会員に選ばれた。第一次世界大戦ではユニオン・サクレを熱烈に支持し、伝統主義者、プロテスタント、社会主義者とともに、ユダヤ人にも賛辞を捧げた。
代表作は、観念小説三部作の『自我礼拝』、すなわち『蛮族の眼の下で』『自由人』『ベレニスの園』である。ほかに『国民的エネルギーの小説』の三部作があり、『根こぎにされた人々』(1897年)などを含む。『コレット・ボドッシュ』(1909年)や『精霊の息吹く丘』(1913年)、『グレコ、トレドの秘密』(1911年)も書いた。政治に関する著書には『国家主義とドレフュス事件』がある。日記体の『手帖』も著名だが未訳である。日本では、政治的立場のためか訳書が少なく、人気はあまりない。政治思想では、対照的な立場のアナトール・フランスと人気を競い、20世紀前半のフランスの青年知識人に影響を与えた。
一方で、ダダイストやシュルレアリストのアンドレ・ブルトン、トリスタン・ツァラらは、バレスが極右的な政治思想に傾倒したことを批判して、1921年5月13日に、即興劇「バレス裁判」を上演した。批評家のアルベール・ティボーデは、バレスの思想の背後に、反ユダヤ主義の強い国家社会主義の信念が予兆として見出されると指摘した。ゼーヴ・スターンヘルは、バレスの思想をファシズムの先駆と見なし、フランス知識人のあいだで激しい論争を引き起こしたが、その主張には他の研究者から多くの批判も寄せられた。1923年12月4日に死去し、国葬とされて、故郷シャルムの墓地に埋葬された。
同じ年に亡くなった人物
- ヴィルヘルム・エルンスト (ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公) (1923年没)
- ボリス・サイディズ (1923年没)
- Rosario de Acuna (1923年没)
- マリー・フォン・バッテンベルク (1923年没)
- Lilli Suburg (1923年没)
同じ地域に関係する人物
- ジャン=ピエール・ヴェルナン (2007年没)
- ジル・グランジェ (1996年没)
- ヴィンチェンツォ・ベッリーニ (1835年没)
- ゼノブ・グラム (1901年没)
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