HISTORICAL PERSON · 1198年没

ソフィヤ・ウラジミロヴナ

12世紀後半のデンマーク王ヴァルデマー1世の妃。ミンスク公の娘とされ、1157年に結婚して2男4女をもうけた。夫との死別後にテューリンゲン方伯ルートヴィヒ3世と再婚したが離婚し、夫の隣に葬られた。

生涯
1198年没
死亡地
—
出生地
—
出典
世界地図
位置情報未登録

伝記

ソフィヤ・ウラジミロヴナは、12世紀後半のデンマーク王ヴァルデマー1世の妃で、ミンスクのソフィアとも呼ばれる。1141年ごろに生まれ、1198年5月5日に亡くなった。母は、ポーランド大公ボレスワフ3世の娘リクサで、スウェーデン王マグヌス1世の未亡人であった。父はおそらくミンスク公ヴォロダリとみなされており、この説はほぼ立証されているといわれる。一方で、ノヴゴロド公ウラジーミル・フセヴォロドヴィチの娘ではないかという説もある。母は、のちにスウェーデン王スヴェルケル1世と結婚しており、ソフィヤはスウェーデンで育った。スヴェルケル1世の子ボレスラフの異母姉でもあり、その死後に所領を相続したことが、デンマークの記録に残る。ルーシの年代記には記述がなく、存在は西欧の史料にだけ確認できる。

1154年、スウェーデンとデンマークの同盟のため、デンマークのヴァルデマー1世との婚約が決まった。ソフィヤはデンマークに所有地がなく、異父兄のデンマーク王クヌーズ5世の所有地の8分の1を譲られることが約束された。1157年10月23日、ヴィボーでヴァルデマー1世と結婚した。デンマーク王妃として、多くの子を産んだ。長女ソフィアは1159年に生まれ、ヴァイマル=オーラミュンデ伯ジークフリート3世と結婚した。クヌーズ6世は1163年に生まれ、のちにデンマーク王になった。マリーとマルグレーテは、ロスキレの修道女になった。ヴァルデマー2世は1170年に生まれ、のちにデンマーク王になった。インゲボルグは1175年に生まれ、フランス王フィリップ2世と結婚した。ヒーレンはリューネブルク公ヴィルヘルムと結婚し、リキサはスウェーデン王エリクと結婚した。

1182年にヴァルデマー1世と死別し、1184年にテューリンゲン方伯ルートヴィヒ3世と再婚した。しかし1190年に離婚し、デンマークへ送り返された。1198年に亡くなり、リングステズの王家の墓地の教会に、最初の夫ヴァルデマー1世の隣に埋葬された。ソフィヤは、美しく、支配的で、残酷であったという記述が残る。また、のちの1580年と1757年に肖像画が描かれている。クヌーズ6世とヴァルデマー2世という2人のデンマーク王の母であり、のちのスウェーデン王ヴァルデマーとマグヌス3世の母方の曾祖母にあたる。

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