伝記
ビュザンティオンのアリストパネスは、ヘレニズム時代のギリシアの学者・批評家・文法家である。アテナイの喜劇詩人アリストパネスとは別人で、ホメロス研究で特に名高く、ピンダロスやヘシオドスなど他の古典作家の研究でも知られる。紀元前257年ごろに生まれ、紀元前185年から紀元前180年ごろにアレクサンドリアで77歳で没したとされる。
若くしてアレクサンドリアに移り、ゼノドトス、カリマコス、ディオニュシオス・イアンボスに学んだ。60歳のときにエラトステネスの後を継いでアレクサンドリア図書館の館長となった。弟子にはカリストラトス、サモトラケのアリスタルコス、あるいはアガリスがいたとされ、アリスタルコスはのちに図書館の第6代館長となった。後任の館長は「分類者」と呼ばれるアポロニオスである。一方、プトレマイオス5世との関係は、アリストパネスが競合するペルガモンの図書館を運営しようと企てていたことが発覚して、こじれたともいわれる。
仕事の面では、ゼノドトスがすでに校訂していたホメロスなどの詩人の研究に力を注いだ。ヘシオドスや主要な抒情詩人、悲劇詩人、喜劇詩人も校訂し、プラトンの対話篇を三部作に配列し、アリストテレスの『動物誌』を要約した。『ケイロンの教訓』をヘシオドスの作とすることを最初に否定したのも彼である。喜劇や悲劇の作品に付けた梗概の多くは現在も伝わっている。語彙研究者としては、古語や珍しい語、外来の語や表現を集め、親族を表す語や呼びかけの語といった特別な一覧もつくった。アルキロコスの有名な「うめき棒」についても一冊の書を著したが、現存する唯一の断片は貝類に関するものである。
ギリシア語の発音を示すアクセント記号を一定の体系にまとめたのも彼の功績とされる。古典期までの高低アクセントが、コイネーの強勢アクセントに移りつつある時期のことで、アレクサンドロス大王の征服後、ギリシア語が東地中海の共通語として広がり始めた時代でもあった。記号は古い文学作品の発音を助けるために考案された。また最初期の句読法も考案し、詩行を区切る点によって、朗読で息をどれだけ要するかを示した。短い区切りには中位の点を置き、これが現代のコンマとその名の起源とされる。長い区切りは下位の点、とても長い休止には上位の点を置いた。批判の記号オベロスにも、独自の印を用いた。
多作だったが、現存するのは後世の注釈に引用された断片と、ギリシア劇の梗概、辞書の一部にとどまる。現存する断片の最新の校訂版は、ウィリアム・スレーターによる。
同じ年に亡くなった人物
- ピリッポス5世 (紀元前179年没)
- ディオクレス (数学者) (紀元前 179年)
同じ地域に関係する人物
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- ヒュパティア (415年没)
- Justin (566年没)
- ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世 (1947年没)
- Pope John I (II) of Alexandria (505年没)