伝記
エレン・グールド・ホワイトは、1827年11月26日にメーン州ゴーラムで、敬虔なメソジストの両親のもとに生まれ、アメリカ合衆国のセブンスデー・アドベンチスト教会の創立において指導者として活躍した人物である。信徒からは「預言者」と呼ばれた。生涯で見た幻の内容は文書として残され、セブンスデー・アドベンチスト教会にとって、聖書に次いで重要な文章と受け止められている。9歳のころ、学校から家に帰ったとき、同級生からの投石で顔に怪我を受けた。そのとき自分は死ぬのではないかと考えて、罪をみな神に告白したという。この怪我のため、正規の教育を受けられなかった。
1840年、ウィリアム・ミラーの再臨の説教を聞いて信奉したために、3年後にメソジスト教会から信徒資格を剥奪された。1844年にミラーの再臨の預言の時期が過ぎると、運動は混乱した。その2か月後、ホワイトは初めて幻を見た。生涯のうちに、およそ2000回の幻を見たとされる。1846年にジェームス・S・ホワイトと結婚し、のちにミシガン州バトルクリークに移住して、そこに教会本部を置いた。1881年の夫の死後は、欧州と豪州を訪問した。生涯に45冊の書物と、4000以上の文書を著した。著書の内容は、宗教全般のほか、社会関係、栄養、農学、生活、健康、伝道など多岐にわたる。菜食主義の生活を唱道し、多くの学校や病院の創設を促して、経営に重要な役割を果たした。禁酒運動に参加し、奴隷制度廃止運動にも貢献した。
セブンスデー・アドベンチスト教会で「主の使者」「つねに信頼のおける真理のみなもと」とされる彼女の著書は、伝統的キリスト教と異なる、あるいは他教派の一部にしか認められない見解を支持している。たとえば、天使の長ミカエルを、キリストの別名または象徴としているが、三位一体は告白しており、イエスが被造物や天使であるとはしていない。黙示録の十四万四千人は、安息日の土曜礼拝を守る者であると述べ、最終時代に日曜休業令が出されると、日曜礼拝者は「獣の刻印」を受けるとする。ただし信仰による恵みの救いを教えており、日曜休業令以前に安息日を知らずに日曜礼拝をした信者も、信仰によって救われるとする。また、霊魂消滅説を主張して、永遠に燃える地獄を否定した。1844年10月22日にキリストの再臨が起こらなかったことから、教会はこの日にキリストが天上の聖所に入り、人類に対する調査審判が始まったとする教義を発表した。1915年7月16日、カリフォルニア州のセントヘレナ市で、87歳で死去した。2014年11月には、アメリカのスミソニアン博物館が発行する雑誌で、米国の歴史上最も重要な人物100人の一人に選ばれている。
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