伝記
高慢王妃シグリッドは、北欧のサガに登場するスカンディナヴィアの王妃である。ただし、彼女が実在したかどうかは定かでない。彼女を語るのは、出来事から何世代も後にまとめられたアイスランドのサガで、その記述は互いに食い違うことも多く、描かれた姿を裏づける確かな歴史的証拠はない。ビルギッタ・フリッツのような研究者は、ほとんど作り話に近いものとみており、民間伝承の題材や複数の女性が混ざり合ったものである可能性も指摘される。グウィン・ジョーンズは彼女を「存在しない」と評した。ビルギット・ソーヤーら北欧や英国の主流の研究も、特定できる一人の王妃というより、文学的に作られた合成の人物、あるいは半ば伝説上の存在とみる傾向にある。
サガでは、スウェーデン王エリク勝利王の妻とされる。12世紀の『ユングヴァルのサガ』が勝利王について語る箇所に名が見え、あるサガの系譜の付録にも「野心ある者シグリッドを妻とした」とある。ただしこの付録は最古の写本には含まれず、成立時期は不確かである。ヘイムスクリングラは、彼女がオーラヴ・トリュッグヴァソンに求婚され、のちにデンマーク王スヴェン双叉髭と結婚したと伝える。しかしスノッリ・ストゥルルソン自身は、スヴェンの妻は別の女性だったと述べている。
13世紀に編まれたヘイムスクリングラは、より詳しい物語を載せている。スノッリによれば、シグリッドは、国で最も富み、称号こそないが最も名高い人物とされたスコグラル・トステの娘で、若く美しく、非常に高慢だった。のちにエリク勝利王と結婚し、スウェーデン王オーラヴの母となった。物語の中で彼女は、「女の中で最も賢く、多くのことを予言する」未亡人の太后として現れる。養兄弟にあたるノルウェーの王子ハーラル・グレンスケが近くを通ると知ると、宴に招き、自ら寝所で世話をした。しかし翌日、彼女がスウェーデンでの自分の財産と権力をハーラルのノルウェーでのものより上だと語ったため、ハーラルは気分を害した。後に彼は求婚するが、すでに妻アースタがいることを理由に退けられる。それでも諦めずに多くの兵を連れて彼女の館を訪ねると、ガルザリーキの王ヴィッサヴァルドという別の求婚者が来ていた。二人は同じ建物に泊められて酒を振る舞われ、夜、彼女は家の者に建物へ火を放たせ、逃げ出す者を殺させた。小王たちが彼女の国に求婚に来るのを防ぐためだったという。以来、彼女は「大事を成す者シグリッド」と呼ばれたとスノッリは記す。
その後、ノルウェー王オーラヴ・トリュッグヴァソンが彼女に求婚する。使者のやりとりののち、シグリッドは承諾し、オーラヴは戦利品の大きな金の指輪を贈った。ところが金細工師たちがそれを金張りの真鍮にすぎないと見抜き、彼女は彼の誠実さを疑った。二人が会うと、オーラヴは結婚の条件としてキリスト教への改宗を求めた。彼女は、先祖と同じく以前からの信仰を捨てるつもりはないと答えたという。
近年の一部の研究者は、ドイツの年代記家が伝える、スヴェン双叉髭の妻でクヌート大王らの母かもしれないポーランドの王女、のちにシフィェントスワヴァと復元される女性との同一視を唱えている。しかしこれは仮説にとどまり、強い異論がある。メルゼブルクのティートマルのような同時代に近い史料は、デンマークと結んだポーランドあるいはヴェンドの王族の女性に触れるものの、「高慢」という性格やサガに語られる生涯を裏づけてはいない。
同じ年に亡くなった人物
- バグラト3世 (ジョージア王) (1014年)
- ラージャラージャ1世 (1014年没)
- スヴェン1世 (デンマーク王) (1014年没)
- ブライアン・ボル (1014年没)
- サムイル (ブルガリア皇帝) (1014年没)
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