伝記
ティモテオスは、紀元前4世紀のギリシアの彫刻家である。ペロポネソス半島のエピダウロスの出身で、紀元前340年ごろにエピダウロスで没したとされる。スコパスと同時代に活動した競争相手の一人で、古典期ギリシア彫刻のなかでも、光と影の対比を好む「マニエリスム」的な流れ、すなわちフェイディアスより後の傾向を代表する人物とされる。おもに大きな記念建造物の彫刻装飾に関わったことで知られる。
最初の大きな仕事は、紀元前380年ごろのエピダウロスのアスクレピオス神殿である。ここでは主任の彫刻家だったらしく、屋根の飾りや浮彫を手がけた。その費用は900ドラクマとされる。アテネの国立考古学博物館には、風の精あるいはネレイスの像、ウズラを持つニケ像、ヒュギエイア像が残っている。西側の破風については、中央のニケ像が彼の作ともされる。
その後は、ハリカルナッソスのマウソロス王墓廟の装飾に、紀元前353年から350年にかけて加わった。この墓廟は王マウソロスと王妃アルテミシアのための墓で、世界の七不思議の一つに数えられる。スコパス、ブリュアクシス、レオカレスと並んで仕事をした者の一人で、大プリニウスは彼を南側の帯状装飾の担当者として挙げている。ハリカルナッソスの城塞にあったアレス像は、レオカレスと共同で彫った可能性がある。リュキアの支配者アルビナスの墓、いわゆる「ネレイデスのモニュメント」(ロンドンの大英博物館)にも、彼の手になる彫刻が含まれているかもしれないという。
大プリニウスは、彼が作ったアルテミス像にも触れている。この像は、アウグストゥスが建てて紀元前28年に完成したパラティヌスの丘のアポロ神殿の礼拝像と結びつけられており、おそらくギリシアから運ばれたものである。トロイゼンのアスクレピオス像は、土地の伝承ではヒッポリュトス像とされる。
最もよく知られた作品として彼に帰されるのは、『レダと白鳥』である。スパルタの王妃レダが、鷲から白鳥をかばう場面を表す。原作は伝わらないが、ローマ時代の大理石の複製が十数点とも二十点余りともいわれる数で残っており、主題が人気だったことをうかがわせる。最も有名なのは、教皇クレメンス14世がアルバーニ枢機卿の相続人から買い取ったローマのカピトリーノ美術館の像で、ほかにプラド美術館の大幅に修復された像や、エール大学美術館の未完の像などがある。パリのルーヴル美術館にあるアスクレピオス像も、彼の作に帰される。彼の作と確実にいえる作品は少ないが、その作風はやはりペロポネソス出身のカリマコスに近く、カリマコスが修業時代の手本だった可能性も指摘されている。
同じ年に亡くなった人物
同じ地域に関係する人物
- Echecrates of Phlius (紀元前400)
- キュプセロス (僭主) (紀元前625年没)
- ロベール1世 (ラテン皇帝) (1228年没)
- アルキダモス4世 (紀元前275年没)
- アギス3世 (紀元前331年没)