伝記
エウクレイデス(ユークリッド)は、古代エジプトのギリシャ系数学者、天文学者とされる人物である。アレクサンドリアのエウクレイデスと呼ばれ、紀元前330年頃から紀元前260年頃、あるいは紀元前275年頃までを生きたといわれる。数学史上の重要な著作『原論』の著者であり、「幾何学の父」と称される。エウクレイデスはギリシャ語読み、ユークリッドは英語読みである。名はギリシア語で「よき栄光」を意味する。
その生涯はほとんど何もわかっていない。生没年も死因も不明で、同時代人との関係からおおまかに推測されているだけである。肖像や外見の記録も伝わっておらず、エウクレイデスとされる絵や彫像はすべて芸術家たちの想像図である。主要な文献は数世紀後のプロクルスやパップスの著作しかない。確実にいえるのは、古代の卓越した数学者で、プトレマイオス1世の治世下のアレクサンドリアで数学を教え、そこで数学の一派をなしたことである。パップスは、ペルガのアポロニウスがアレクサンドリアのエウクレイデスの弟子たちと長く一緒に過ごし、そこで科学的な思考法を身につけたと記している。
逸話も伝わる。プトレマイオス1世が「幾何学を学ぶのに『原論』よりも近道はないか」と尋ねると、「幾何学に王道なし」と答えたという。ただしこの話はメナイクモスとアレクサンドロス3世の逸話にそっくりで、真偽に疑問がある。また、数学を学んでいたある男が「これらの命題を学んで何の役に立つのか」と問うと、使用人を呼び「この男にお金を与えなさい。彼は学んだものから利益を得ようとしているから」と答えたとされる。当時の数学は実用のためではなく、それ自身の美しさのためにあったのである。
『原論』は、平面・立体幾何学、整数論、無理数論などの当時の数学を、少数の公理から公理的方法によって組み立てた。『原論』にある幾何学体系は長い間、単に「幾何学」と呼ばれ、唯一の幾何学だとみなされていた。内容の多くはもっと以前の数学者の成果に由来するが、それらを一つにまとめ、一貫した論理的枠組みのもとで厳密に証明した点に功績がある。数論では、素数が無限に存在すること、ユークリッドの補題、最大公約数を求めるユークリッドの互除法などが含まれる。『原論』は1900年頃まで幾何学の教科書として使われ続けた。19世紀に非ユークリッド幾何学が発見されると、幾何学には様々な体系がありうることが明らかになった。
他に現存する著作として『デドメナ』『図形分割論』『パエノメナ』『オプティカ』『カトプトリカ』『カノーンの分割』があり、『円錐曲線論』『ポリスマタ』『誤謬推理論』『曲面軌跡論』は現存しない。『デドメナ』は幾何問題で与えられた情報の性質を扱い、『オプティカ』は視覚の最古の幾何学的理論で、測量、天文学、絵画の透視図法が念頭にあったと思われる。パップスはこれをパエノメナとともに、プトレマイオスの『アルマゲスト』の前に学ぶべきものとした。『オプティカ』の分野を指す古代ギリシャ語は、光学を指す英語の語源でもある。『原論』は16世紀後半にイエズス会を通じて明にも伝わり、マテオ・リッチが徐光啓と協力して漢訳し、1607年に『幾何原本』を刊行した。一方で、『原論』は1人で書くには膨大なため、複数人による共著で、エウクレイデスは共同筆名だとする説もある。ラファエロの壁画「アテナイの学堂」には、コンパスで図形を描く姿が描かれている。