伝記
ロバート・ルーカスは、アメリカ合衆国の経済学者である。1937年9月15日にワシントン州ヤキマで生まれ、2023年5月15日に没した。シカゴ大学の教授として長く教え、1995年にノーベル経済学賞を受けた。シカゴ学派に属し、新しい古典派マクロ経済学の創始者とされる。
経歴を順にたどると、1959年にシカゴ大学で歴史学の学士号を取り、1964年に同大学で経済学の博士号を得た。1963年から1967年までカーネギー工科大学の助教授を務め、1967年から1970年までカーネギーメロン大学テッパー経営大学院の准教授、1970年から1974年まで同大学の経済学教授となった。1974年から1975年にはシカゴ大学のフォード財団客員経済学研究教授となり、1975年に同大学の教授に就任した。1978年には『ジャーナル・オブ・ポリティカル・エコノミー』の編集者となり、1979年にアメリカ経済学会の実行委員を務めた。1980年からはシカゴ大学のジョン・デューイ特別功労教授の職にあり、2002年にはアメリカ経済学会の会長となっている。もともとはマサチューセッツ工科大学で工学を学ぶつもりだったが、奨学金が得られず社会科学へ進んだという。歴史学から経済学に転じたのは、自分が「擬似マルクス主義者」だったからだと本人は語っており、経済は歴史の真の原動力になると信じ、経済学を極めたのちに歴史学へ戻る計画を持っていた。
1970年代に最も影響力の大きかった経済学者の一人で、ケインズ経済学を事実上葬った人物ともいわれる。それまでケインズ経済学が主流だったマクロ経済学の流れを変え、マクロ経済のモデルはミクロ経済学的な基礎に立つべきだと主張した。合理的期待の考え方に立って「ルーカス批判」を打ち立て、経済政策を変えれば、インフレーションと失業率のような一見明らかな関係も変わりうると説いた。初期の論文の多くは、1981年の『景気循環論の研究』と、T・J・サージェントとともに編んだ『合理的期待形成と計量経済学的計算』に収められている。この研究はFRB議長を務めたジャネット・イエレンにも影響を与えた。このほか投資理論(1967年)、人的資本を用いた内生的成長理論(1988年)、資産評価や貨幣の理論でも大きな貢献をした。宇沢弘文とともに資本蓄積に関するルーカス-ウザワ・モデルを提唱し、「ルーカスパラドックス」も唱えた。一方、合理的期待学派が想定する経済人は将来を偏りなく予測し、すべての経済理論を使えるうえ、そのコストも時間もゼロとされており、全知全能に近いという批判がある。ルーカス派にとって転機になったのは、数学に強いと知られたルーカスの論文に数学的な誤りが見つかったことで、これを機に理論面の批判も強まったという。金融危機の際には、財政政策がマネーの消失を和らげる効果があることを認めている。
ルーカスは自分の理論がノーベル賞に値するという強い自信を持っていた。1980年代末に離婚した前妻のリタとの間には、受賞すれば賞金の半分を渡すという条件があり、その有効期限は1995年10月31日だった。期限の3週間前にあたる1995年にルーカスは受賞し、リタは賞金の半分を受け取った。ルーカスは「約束は約束だ。こんなすごい賞をもらったんだ。これくらいで嫌な気分にならない」と述べている。妻のナンシー・ストーキーも経済学者である。
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