HISTORICAL PERSON · 2014年没

ゲーリー・ベッカー

アメリカの経済学者、社会学者。経済学の分析を幅広い人間行動や社会問題に広げ、多くの政策提言で現実の政策に影響を与えた。

生涯
2014年没
死亡地
アメリカ合衆国(イリノイ州 / シカゴ)
出生地
アメリカ合衆国(ポッツヴィル)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(イリノイ州)

伝記

ゲーリー・スタンリー・ベッカーは、1930年12月2日にアメリカのペンシルベニア州ポッツヴィルで生まれたドイツ系アメリカ人の経済学者、社会学者である。1951年にプリンストン大学を卒業し、1953年にシカゴ大学から修士号を得て、1955年に同大学から博士号を取得した。大学院ではミルトン・フリードマンに学んでいる。1954年から1957年までシカゴ大学の助教授を務め、1957年にはコロンビア大学の助教授となり、のちに准教授、そして30歳の1960年に教授に就いた。1969年から1970年にシカゴ大学の客員教授を務めたのち、1970年に同大学の経済学部のユニバーシティー教授となった。専門は価格理論で、弟子にケヴィン・マーフィーがいる。1983年からは経済学部、ビジネス大学院、社会学部の教授を兼ねた。

従来は金銭や経済の問題だけを分析してきた経済学の適用範囲を、極めて広い人間の行動と社会問題に広げ、そこから多くの政策を提言して、現実の政策に大きな影響を与えたことで知られる。1970年代には、ジョージ・スティグラーとともに、価格理論による嗜好の表現方法を洗練させた。市場の行動の分析に限られていた新古典派経済学の枠組みで、あらゆる人間行動が、合理的な選択の結果として分析できると提唱したのである。家族や差別、犯罪、麻薬、政治など、さまざまな社会問題に経済学の分析手法を応用した最初の経済学者の一人であり、人的資本のパイオニアとしても知られる。

彼を有名にした初期の論文は四つある。1957年の博士論文「差別の経済学」は、雇用者の差別の感情を係数にして、白人労働者と黒人労働者の賃金格差を説明しようとした。1964年の「人的資本」は、学校教育と労働の熟練を通して人的資本の形成を考え、1965年の「時間配分の理論」は、経済学が無視してきた、家族や社会集団の成員間の分業を探った。1968年の「罪と罰:経済学的接近」は、罪の期待便益と期待コスト、リスクの好みが与えられれば、犯罪は合理的な理由から行われる一つの仕事にすぎないとした。『家族の経済学』(1981年)などの著作もあり、男性が市場での仕事に比較優位をもち、女性が家庭内生産に比較優位をもつとして、そのほうが効率的な分業だと述べた。政治に関しては、利益集団がどのように搾取を行うかという観点から分析した。社会学者のジェームズ・コールマンと親しく、1980年代前半に、シカゴ大学に学際的な合理的選択のセミナーを開いた。

1967年に40歳以下の優れた若手経済学者に贈られるジョン・ベイツ・クラーク賞を受賞し、1987年にアメリカ経済学会の会長を務めた。1992年にノーベル経済学賞、2000年にアメリカ国家科学賞を受け、2007年には経済学者としてフリードマン以来となる大統領自由勲章を授けられた。1985年から2004年までビジネス誌に毎月コラムを書き、2004年からは判事のリチャード・ポズナーとブログを開いた。研究の科学的、客観的な点を強調し、ノーベル賞を政治的に利用しようとする受賞者を批判した。2014年5月3日に没した。

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