伝記
ロバート・マートン・ソローは、1924年8月23日にニューヨークで生まれ、2023年12月21日に99歳で亡くなったアメリカ合衆国の経済学者である。経済成長を扱うソローモデルでよく知られ、1987年にノーベル経済学賞を受賞した。マサチューセッツ工科大学(MIT)で教え、ポール・サミュエルソンとともに戦後の経済学の主流を築いた。
ブルックリンのユダヤ人の家庭に3人兄弟の長男として生まれた。両親は高等教育を受けておらず、優秀な生徒だったソローは、奨学金を得て1940年にハーバード・カレッジに入り、社会学、人類学、経済学を学んだ。1942年に在学中のまま陸軍に入隊し、1945年までの間に北アフリカとイタリアで勤務したとされる。戦後の1945年にハーバードへ戻り、のちに妻となる経済史家のバーバラ・ルイスの助言で経済学に専念することにした。ワシリー・レオンチェフに師事し、助手として計算も手伝った。レオンチェフは毎週一本の論文を読ませて議論する指導を行い、のちに友人にもなったという。博士論文ではハーバードのウェルズ賞を受けている。ケネディ大統領の助言者も務めた。MITの教壇には、近く50年にわたって立ち続けた。その間、多くの世代の経済学者を育てた。1947年に学士、1949年に修士の学位を得ている。
1949年から1950年にはフェローシップでコロンビア大学に学んで統計を修め、博士論文の執筆も進めた。その終わる直前にMITの経済学部助教授となり、統計学と計量経済学を担当した。1951年にハーバードで博士号を取得している。MITで出会ったサミュエルソンとは親しい友人となり、約40年にわたって研究をともにした。他大学から誘われた際には、サミュエルソンの研究室を自分の隣に移すことを条件にしたという話も伝わる。共同の研究には、1953年のフォン・ノイマン成長理論、1956年の資本の理論、1958年の線形計画法、1960年のフィリップス曲線などがある。
代表的な業績は、新古典派成長モデルとして知られるソローモデルである。1956年の論文で示されたこのモデルは、経済成長の決定要因を、労働と資本という投入量と、技術進歩の二つに分けられることを示した。これを用いて、アメリカの労働者一人当たり産出の成長のうち約5分の4は技術進歩によると算出した。同じ結論に独立して至ったトレヴァー・スワンとともに、功績が分かち合われている。1950年代のこの業績からのちに多くの精緻な成長モデルが現れ、1980年代には経済における科学技術の進歩の役割が重視されて、内生的成長理論の開発につながった。
1961年にアメリカ経済学会のジョン・ベイツ・クラーク賞を受け、1979年には同学会の会長を務めた。1987年にノーベル経済学賞、1999年にアメリカ国家科学賞を受賞した。2000年には経済研究機関クールノー・センターの創設に加わり、のち会長となった。ジョージ・アカロフ、ジョセフ・スティグリッツ、ピーター・ダイアモンドら、のちにノーベル経済学賞を受けた教え子も育てた。コンピューターの時代は生産性の統計の中以外のどこにでも見える、という皮肉な言葉も残している。2011年にはタフツ大学から理学博士の称号を受けている。晩年はMITの名誉教授で、2023年12月21日にマサチューセッツ州レキシントンの自宅で息を引き取った。
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