HISTORICAL PERSON · 2020年没

ジョン・ル・カレ

イギリスの小説家で、スパイ小説で知られる。外務省に入り、情報機関で働いた経験を生かして小説を書いた。外交官として西ドイツなどで勤務した。

生涯
2020年没
死亡地
イギリス連邦(コーンウォール / ロイヤル・コーンウォール病院)
出生地
イギリス連邦(プール)
出典
世界地図
イギリス連邦(コーンウォール)

伝記

ジョン・ル・カレ、本名デビッド・ジョン・ムーア・コーンウェルは、1931年10月19日にイングランド南部ドーセットのプールで生まれ、2020年12月12日に没したイギリスの小説家である。冷戦期のスパイ小説で知られ、戦後を代表する作家の一人とされる。

生家は安定したものではなかった。父ロニーは保険詐欺で投獄された経験があり、一家は絶えず借金を抱えていた。母オリーブは彼が5歳のときに家を出ており、父との関係は難しいものだったという。のちにル・カレは、父に殴られ、母に去られて愛情に飢えて育ったと語ったと伝えられる。母とは21歳のとき、イプスウィッチの駅で再会した。学校はシャーボーン校に進んだが、厳しい寄宿学校の規律になじめず早く去り、1948年から翌年までスイスのベルン大学で外国語を学んだ。1950年には兵役でイギリス陸軍の情報部隊に入り、占領下のオーストリアで鉄のカーテンを越えて西側へ来た人々をドイツ語で尋問した。1952年にオックスフォード大学リンカーン・カレッジへ進み、在学中から極左団体を探る形で保安部(MI5)の仕事をしていたとされる。1954年に父が破産を宣告されると一時大学を離れて教壇に立ったが、翌年に復学し、1956年に現代語学で最優等の成績を得て卒業した。その後イートン校でフランス語とドイツ語を教えた。

1950年代後半にMI5の職員となり、尋問や盗聴などに携わった。勤務のかたわら、犯罪小説を書いていたクランモリス卿に励まされて最初の小説を書き始めた。1960年には海外情報を扱うMI6へ移り、ボンの大使館で第二書記官の肩書きをもって働き、のちにハンブルクの領事となった。1961年に『死者にかかってきた電話』で作家としてデビューし、1962年に『高貴なる殺人』を発表した。そして1963年9月に出版した『寒い国から帰ってきたスパイ』が、出版前に3回増刷されるほどの反響を呼び、エドガー賞長編賞も受けた。この成功で諜報機関を離れ、専業作家となった。

作品の多くには、初老のMI6幹部ジョージ・スマイリーが登場する。1970年代の『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』『スクールボーイ閣下』『スマイリーと仲間たち』は、ソ連情報部の指揮官カーラにちなんでカーラ三部作と呼ばれ、日本ではスマイリー三部作の名でも知られる。『ロシア・ハウス』『ナイロビの蜂』など多くの作品が映画やテレビドラマになった。『パーフェクト・スパイ』の詐欺師の父親は自分の父をモデルにしており、1975年に父が亡くなったとき、彼は追悼の式の費用を出しながら出席しなかったが、これも同作に使われた。『パーフェクト・スパイ』を、フィリップ・ロスは戦後最高の英語の小説と評した。2008年にはタイムズ紙が、1945年以降の最も偉大なイギリス作家50人の一人に選んだ。

私生活では、1954年にアリソン・シャープと結婚して3人の息子をもうけたが、1971年に離婚した。翌1972年に編集者のヴァレリー・ユースタスと結婚し、同年に生まれた息子ニコラスはニック・ハーカウェイの名で作家になった。ル・カレはタイプが打てず、原稿のタイプ打ちは妻が担った。2015年に伝記が出され、2016年には回顧録『地下道の鳩』を著した。晩年にはイギリスの欧州連合離脱への抗議から、アイルランド国籍を取得していたと、死後に息子が明かした。2020年12月12日、肺炎のためコーンウォールのトゥルーロにある病院で死去した。2024年には息子のハーカウェイが、スマイリーの登場する長編『カーラの選択』を刊行している。

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